第58話 幼少期、そして出会い

 国王陛下の誕生祭まであと一週間となった。


 すでに世間はお祭り騒ぎ。通りを歩くとあちこちで派手な装飾を見かける。


「みんな楽しそうだなぁ……ただの誕生祭だって言うのに」


「ただの誕生祭ではありませんよ。国の旗頭たる陛下の誕生祭です。盛大に祝われるべきでしょう?」


「そういうものかねぇ。俺にはさっぱり良さが解らん」


 前世でも派手な祭りはそんなに好きじゃなかった。地元の神社とかで開催される小規模のものでいい。


 特にいまは帝国との戦争間際だ。本当ならこんなことに金を使ってる余裕はない。


 戦争は金を湯水のごとく消費する。一円だって無駄にはできないはずなのに……。


 いや、だからこそなのかもしれないな。未来に見える薄暗い戦争という火種を隠すために、人々は無理に笑って楽しんでいるのかもしれない。 いまを。


「ユウさんは寂しい幼少期を過ごしたのでしょうね。同情します」


「なんでやねん。俺の幼少期はそりゃあもうブイブイ言わせてたね」


「なにしてたんですか?」


「訓練のために王宮の壁に穴を開けた」


「最悪ですね」


 そんなこと俺に言われても困るッ! 破壊したのはユーグラムであって俺じゃない。


 過去のユーグラムは、頑丈な材質で造られた王宮の壁に注目し、どれくらい自分の能力が通用するかを試した。


 結果、半分もいかない状態で壁に穴を開け、いくつかの柱を切り裂いたとか。


 幼少期からユーグラムはやんちゃだった。その穴埋めにどれだけの市民たちが税金を取られたことか。


 ほかにもユーグラムのやんちゃ伝説は続く。


「気配を断つ訓練で、数日間に渡って行方をくらましたこともあったな。捜索されて大変だったぜ」


「なにやってるんですか……いまも昔も馬鹿ですね」


「誰が馬鹿だ!」


「いや普通に迷惑でしょう。やめてくださいよ、ここでも同じような真似するの」


「お前は俺がいい大人になっても暴れるような子供だと思ってるの?」


「では罪状を読み上げましょうか?」


「ごめんなさい」


 自分でも王都に来てからおかしな行動をしている自覚はある。


 すでに逮捕歴もあるのだから笑えない。


「解ればいいんです。でも、わたしは子供っぽいユウさんも嫌いじゃありませんけどね」


 ふっと笑ってアイリスはそのまま歩き出した。廊下の先を曲がり、階段を降りて中庭へ。


 そろそろ国王陛下の誕生祭が始まるっていうのに、俺の日課にも変化はない。


 互いに木剣を握り締めてぶつけ合う。


「そうだ、ユウさんにはまだ教えてませんでしたね」


「ん? なんの話だ」


 お互いに攻撃と防御を繰り返しながら話をする。


 アイリスは切り込みと同時に言った。


「近々ッ! というか今日、前に言ったお客様がこちらに来ます。くれぐれも粗相のないように!」


 ぎりぎりと全力で魔力の籠められたアイリスの剣を押し返しながら、俺は思い出す。


「あー……そういやそんなこと言ってた——な!」


 アイリスが後ろへと弾かれる。


 俺は距離を詰めずにその場で待機。アイリスの次の動きを見ながら内心で考えた。


 ——とうとうあの女が来るのか……。顔を合わせないのは無理だろうから、確実に喋ることになるな……。


 ぶっちゃけると俺はあんまり会いたくない。その女もビジュアルこそ最強クラスだが、いかんせん性格がな……俺の実力がバレると面倒なことになる。


 ほかにも素性だ。アイリスやごく一部の人間には教えているが、他国の人間にまで教えてやる筋合いはない。


 だからなるべく隠し通すためにも余計な接触は避けるべきだと思われる。


「彼女、少々変わってますからね! ユウさんのセクハラなんて豪語同断ですよ!」


「俺だって相手くらい選ぶわッ!」


 あの女の下着は欲しいが、喧嘩売ってボコられても困るし、今回だけはナナとデートに繰り出すか部屋に閉じ篭るかで迷うくらいだ。


 だってあの女は……。


「それはよかったです」


 カンッ! という乾いた音が響く。俺とアイリスの木剣は縦にぶつかり、押しも押されもせずに止まる。


 空気が変わる。今日の訓練はここまでだ。


 アイリスも来客を迎えるので忙しいのだろう。最近はあまり訓練の時間も取れていない。


「ではわたしは先に陛下の所へ行きますね。ユウさんは好きに遊んでいてください」


「はーい。仕事頑張れよ、アイリス。いってらっしゃい」


「い、いってきます……えへへ」


 なぜかやたら嬉しそうに笑ってアイリスは手を振りながら王宮の中へ戻っていく。


 その後ろ姿を見送ってから、そばにいるナナへ声をかけた。


「そういうわけでナナ、今日は一緒にデートでもするか」


「デート? 前にもしたよ」


「デートは何回してもいいんだよ。楽しいだろ?」


「うん、楽しい」


 ナナがそう肯定したので、俺たちは荷物を部屋に置いてから王宮を一緒に出た。


 誕生祭間近でどこも店は多く並んでいる。祭りが始まる前からもうお祭りムードなのだ。普段とは違うその光景に、胸を高鳴らせながら——ドンッ。


 歩いていると、急に横から出てきた少女とぶつかった。


 お互いに動きを止める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る