第57話 帝国、そして小王国
煌びやかな装飾の施された広間には、赤黒いマントを羽織った男性がいた。
男が座るのは玉座。それ即ち、その男こそが王たる証拠。
そばにいた老齢の男性が、片手で眼鏡を持ち上げながら言った。
「やはりいませんか……ユーグラム殿下は」
そう。彼らこそ悪しき帝国の皇帝とその臣下。今回は久しぶりに情報を集めてとある人物——ユーグラム・アルベイン・クシャナの捜索を行っていた。
大金を消費してもなお、ユーグラムの姿は霧のように掴むことができない。
「この様子では、ユーグラム殿下は国の外に出たと考えた方がいいでしょうね……」
「なぜだ! なぜ奴は余の下から……!」
皇帝ことユーグラムの父が吼える。
ユーグラムの父も類稀なる才能を持った魔力の使い手。それだけに、ただ叫ぶだけでも相当な圧を発する。
そばにいた老齢の男性はわずかに体を震わせると、滲んだ汗を拭きながら答えた。
「理由はなんとも……なにか帝国ではできないことをやっているのか。はたまた、帝国が嫌になって逃げ出したのか……」
「逃げ出すだと!? あの男は神に認められた御子! 憎き王国のアイリスを妥当するための駒だったんだぞ! 我々だけで王国をどう攻め滅ぼせと言うのだ!」
「お、落ち着いてください陛下……。たしかにユーグラム様を失ったのは大きな痛手。まともにぶつかれば我々帝国は敗北するでしょう。ですが」
くいくいっと老齢の男性は眼鏡を持ち上げて言った。
「我が国の軍事力は王国よりも優れています。アイリス王女は高く険しい壁ではありますが、ユーグラム殿下と違って決して無敵ではありません。必ずつけいる隙はあります」
「……そうか。だが、余はユーグラムの帰還を待っている。奴を見つけ出し、打倒王国の尖兵にすれば全ては丸く収まるのだ。余がこの大陸の覇者になる日もまた……くくく」
現皇帝は悪しき顔で笑う。自分が頂点に立てると信じて疑わない顔だった。
実はユーグラムに見限られており、原作においては息子に王位を簒奪される運命にあることも知らずに。
男が見据える未来はただ一つ。自分が統一する新しい世界だけだ。
そんな未来は来ないとユーグラムだけが知っている。
「お任せを。必ずやユーグラム殿下を見つけ出してみせます」
ぺこりと頭を下げた老齢の男性は、仕事があると言い広間——謁見の間から退場する。
薄暗い廊下を歩きながら、内心で深いため息を漏らしていた。
「(やれやれ……本当にユーグラム殿下はどこに行ってしまわれたのだ? せっかく王国を滅ぼすための力を持っていかながら逃げるとは……。これだけ捜索しても見つからないとなると、もしや王国側にいるなんてこと……ありえないか)」
ユーグラムの顔を知る者はごくごくわずかしかないが、あれほどの美貌が日常生活を簡単に送れるとは思えない。
仮に王国側へ逃げている場合、必ず証拠を残しているはずだ。それだけに男は首を横に振る。まさか、と。
「(それより早く見つけなければ、わたしが陛下に殺されてしまう……)」
少しずつ狂った帝国は、自らの首を自らの手で絞めていくことになる。しかし、それはまだ先の話だった。
▼△▼
「サテラ! 髪を整えてちょうだい!」
きんきんと響く女性特有の高音。それが聞こえた瞬間、赤髪のメイドは急いで彼女のそばに近づいた。
「畏まりましたお嬢様。本日はどのような髪型に?」
「いつもどおりでよろしくてよ。わたくしの髪型はいつだって輝いていますもの! おーっほっほっほ!」
テンプレなお嬢様口調で喋る彼女は、せっせと身嗜みを整えるメイドを鏡の反射で確認しつつ、ふとあることを訊ねた。
「……そういえばサテラ」
「はい」
「そろそろアルドノア王国で誕生祭が行われる時期ね」
「そうですね。たしか今年はお嬢様も参加されると仰ってましたが……」
「ええ。わたくし、リコリス・フランベール・プロミネントが参加しなければ盛り上がりに欠けるでしょう?」
「間違いありませんね。プロミネント小王国は昔からの同盟国。それに、アイリス殿下にも会わないといけませんし」
くすりと胸を張る自らの主を笑うメイド。その笑い声を聞きながら、さらに彼女はドヤ顔を浮かべた。
「そうですわそうですわッ! アイリス殿下がわたくしに会いたがっていますもの! わたくしも早くアイリス殿下に会いたいですわ~!」
今日もプロミネント小王国の第一王女リコリスは元気だなぁ、とメイドは思う。彼女はまさに太陽のような人物だった。
ちょっと人の話は聞かないし、物事を力ずくで収めようとする癖はあるが、その性格は純粋そのもの。
国民にも使用人にも両親にも愛される彼女こそ、プロミネント小王国を象徴する人物だった。
「会いたい気持ちはよく解りますが、また足を滑らせてたくさん物を壊さないでくださいね?」
「あら失礼ですわね。……前はなにを壊しましたっけ?」
「庭にある陛下の銅像と、謁見の間の扉ですね」
「……く、くれぐれも失礼のないよう注意しますわッ! ええ。……サテラも協力してね?」
「もちろんです」
メイドの笑みを見て、リコリスはホッと胸を撫で下ろすのだった。
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