第56話 成長、そしてヒロイン
「ハァ……ハァ……ふう」
盛大に口から息を吐いてアイリスが動きを止める。それが限界なんだと気づいた俺は、にやりと笑って木剣を下げた。
「どうやら今日の訓練は終了みたいだな」
「くっ~~~~! どうして今日もユウさんには一撃も届かないんですかッ! わたし、魔力の放出量も増えたのに!」
「そう簡単に超えられるかよ。俺はラスボスだぞ」
「出ましたね! その意味不明な理由! それに、わたしは別にユウさんを超えたいわけじゃ……」
ぶつぶつとアイリスが文句を垂れる。
気持ちは解るがしょげる必要はなにもない。たしかにアイリスは着実に強くなっていた。俺も驚くほどの速度で成長を続けている。
このまま伸びていけば、もしかすると原作のアイリスすら超えて強くなるかもしれない。
そうなると完全に未知の領域だ。俺の原作知識が通用しない相手になった場合、それでも俺は主人公に勝てるのか。
嬉しい半分、不安が半分ほど残ってしまう。
しかし、それをアイリスに悟らせないようすぐに思考を止めて口を開いた。
「とりあえず訓練はおしまい。さっさと汗を流して夕食にしよう。俺もナナも腹ペコだ」
「悔しい……けど、そうですね。わたしもお腹空きましたし、割と善戦したほうなので満足しましょう!」
「善戦じゃないけどね~」
「一言余計ですッ! お馬鹿!」
ガンガン、と背中をアイリスに叩かれながら俺は王宮の中へと入る。
アドバイスを求めてきたアイリスに修正箇所を伝えると、汗を流して夕食を摂る。
その後は完全に自由時間だ。自室の鍵を勝手に外してナナとアイリスが部屋の中に入ってくる。
……最近、あの二人が俺の部屋に入ってくるのにまったく躊躇がないことが悲しい。アイリスはマスターキーを持ってるし、ナナは針金さえあればちょちょいのちょいだ。
扉をノックすらしてこない辺り、俺にはもうプレイベートな空間はないのかも。
ジト目でアイリスたちを睨みながら、
「毎度のように言ってるが、勝手に人の部屋に入ってくるな。まずは許可を取れ」
と説教を始める。だがアイリスたちはしれっと、
「わたしの部屋のようなものなので大丈夫です」
「娘には不要」
とふざけたことを抜かしやがる。
「いや必要でしょ。俺がアイリスの部屋に勝手に入ったらどうすんの」
「処刑に決まってるじゃないか」
「心底当たり前みたいなこと言ってる顔で悪いが、俺の人権を返せ」
ここは王国だったはずだ。いつから無法都市になった。
「まあそれは冗談として……今日はユウさんにお話があって来たんですよ」
「話?」
「はい。ナナとは偶然廊下で会いました。彼女もよく部屋に来ているんですね」
よくって言うか毎日来てるよ。アイリスは仕事とかで忙しいから数日に一度しか顔を見せないが、ナナは絶対に一日に何度も顔を見せに来る。
それを知らないから微笑ましそうにしているが、そのガキ、鍵を外せるプロだぜ? アイリスがいなかったら確実に針金の出番だった。
「それよりその話って? なにか大事なことなのか?」
「大事……と言えば大事ですね。ユウさんが彼女になにか粗相をしないかどうか、わたしはいまでも心配しています」
「彼女?」
誰が女性でも来る……の、か……あああ!?
アイリスの話で思い出した。そう言えば国王の誕生祭に合わせて、原作だとヒロインの一人が王都を訪れたはず。
すっかりそのことを忘れていた。
「はい。わたしの友人が父の誕生祭に合わせて隣国からやってきます。相手は小国とはいえ王女なのでご注意ください。あなたの身元も明かせませんし、くれぐれも失礼のないように!」
「いやぁ……無理だろ」
「諦めるのが早くないですか!?」
俺が失礼さを忘れたらそれはただのユーグラム・アルベイン・クシャナだ。そんな奴いても困るだろ。
「頑張ってください! 両国はずっと平和にやってきたんです! ユウさんのせいで関係が悪化したら殺しますよ!」
「そんな可愛い顔と声で殺しますって言われてもなぁ……俺、我慢って苦手だし……」
「解ってはいましたが、やはり難しいですか……まあいいです。なるべくこちらでスケジュールを調整し、お二人が顔を合わせないよう努力します。当日は護衛からも外れてくれて構いません」
「どんだけ信用ないんだ俺……」
信用ないことが信用されていて俺はもの凄く悲しくなった。
だが、実際にアイリスの言うとおり俺は彼女と顔を合わせないほうがいいだろう。万が一にでも実力を知られたら大変だ。
ここは彼女の信用を信じるしかない。
「まあいいか。当日は俺とナナで行動だ。たまにはそういうのも悪くないな」
「んッ! パパとデート!」
「楽しみだなぁ、ナナ。でも外でそういうこと言っちゃ駄目だぞ~? パパが捕まっちゃうからなぁ?」
これである意味大義名分を得た。祭りの当日は、アイリスと個別に行動して邪魔な盗賊たちを叩く。
ナナにはその協力をしてもらおう。きっとアイリスなら、俺がいなくてもなんとかなるはずだ。一番の不安材料はすでに取り除いているしね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます