第54話 変人たち、そして逃げられる
「——は?」
ジャックは折れた自らの手を見て唖然とする。
足が止まり、無防備な状態を俺の前で晒した。そのガラ空きになった腹部に蹴りを打ち込むと、あっさりとジャックは遠くの壁まで吹き飛んでぶつかる。
がらがらと壁を砕いて地面に落ちたジャック。彼は痛みに呻きながら叫ぶ。
「なあああんでだあああ!!」
先ほどまでの優男みたいな口調は消え去り、獰猛な獣のように吼える。
「どうして……どうしてわたしの腕が折れている!? あなたは……わたしの速度について来れるのですか!?」
「攻撃喰らったのに理解できてないのか? 俺とお前が同じ? 違う違う」
「な、なにッ!?」
「お前は俺の動きが見えたのか? 見えなかっただろ?」
「——ッ!」
ジャックが図星を突かれて言葉を失う。
そう。あいつは俺の動きを追うことができなかった。だからいきなり腕が折れたように感じるし、解らないから思考が止まって動きも止まった。
それが表すことは一つ。
——俺の方がジャックより強い。
「認められるか……! お前みたいな奴に! お前みたいな奴に負けるなどおおおお!!」
「ははは……お前みたいな奴、か」
知らないっていうのは楽でいいな。
お前が見下す俺の正体を明かしたら、一体ジャックはどんな風に絶望してくれる?
魔力を解放してもいい。だがそれをすると俺がなにかしてることがアイリスにバレる。一番はやっぱり仮面を取ることか。
しかし万が一にもジャックに逃げられるのは面倒だな。こいつ、逃げ足はそこそこ速い。俺から逃げられるとは思えないだろうが、可能性の話をすればゼロじゃない。
「とりあえずお前のことは拘束させてもらおうか。情報が欲しいから大人しく吐くことをオススメするよ。拷問、嫌だろ?」
お前、人に痛みを与えるのが好きだからな。そういうカスは逆の立場になるのが嫌いって相場は決まってる。
仮にどっちもいける変態野郎だったら、俺がとことん苦しめるのもありだな。
そう思って一歩前に踏み出した。——直後。
「ハア……やれやれ」
頭上から男の声が聞こえた。
見上げた先の建物の屋上には、複数の男女が立っていた。服装や顔に見覚えはない。
「あの野郎、個人主義とか抜かしてたくせに負けてるじゃねぇか。どうする? 殺す?」
「収めろバカ。あれでもジャックは有能な奴だ。せっかくの駒をここで失うのは惜しい」
建物の上でモミカンみたいな髪のガリが「キヒヒ」と笑いながら呟き、その呟きを中央のゴリラみたいな顔つきの男が諌める。
ほかにもドレスを着た女。騎士甲冑をつけた不審者も居やがる。合計で敵は四人。ジャックを含めても五人なら問題ない。
「でもどうしますぅ? ミキとしてはジャックさん助けるのに賛成ですけどぉ……あの仮面の人、めちゃくちゃ強いですよぉ?」
ドレス姿の少女の言葉に、ゴリラ顔の男はしばし思考を巡らせる。その間に俺は声をかけてみた。
「誰だお前ら。大道芸人はさっさと街の中央にでも行けよ」
「……悪いが、そこにいる男は仲間なのでな。助けぬわけにはいかんのだよ。これからの計画のために」
「計画?」
ゴリラ顔の男は涼しい声と顔でそう言った。
しかし、これ以上俺の質問に答えるつもりはないのか、ばっと右手を上げてほかのメンバーたちに指示を出す。
全員が同時に動いた。
「仮面のお兄さん、ミキたちと遊びましょうよぉ」
「抜刀」
俺の下に来たのは二人の刺客。
一人はドレス姿の少女。もう一人は全身をフルプレートの鎧で覆っている人物だった。
しかもこのフルプレートの刺客、中身は女性だ。声色で解った。
腰に下げた鞘から刀のような武器を抜き放ち、鋭い一撃を俺の首目掛けて打ち込む。
それをやや後ろに仰け反る形で回避した。
「——ッ!?」
フルプレートの女は俺に攻撃を回避されるとは思っていなかったのか、ヘルムの内側から驚愕が伝わってくる。
「どうした? まさかいまのカメみたいな抜刀術で俺を殺せるとでも?」
この手の小説ではお決まりの日本技術が一つ——抜刀術。
たしか本作だと、極東に伝わる技で、彼女が持ってる刀も極東の職人に作らせたやつだろう。そのくせフルプレートって……だから動きが遅いんだよ。
「俺を殺したきゃ、せめて鎧は脱ぐことだな」
フルプレートの女に掌底を打ち込む。フルプレートに衝撃は吸収されるが、それなりに魔力を籠めたから完全には防げない。
冗談みたいな速度で鎧女は飛んでいった。壁に激突して地面に倒れる。
「まず一人。次は……」
じろりともう一人のドレス女を見る。彼女は焦った様子で叫んだ。
「まずいまずいまずい! このお兄さん想像以上に強いですよぉ! 急いで逃げなきゃ!」
すでに彼女はその場から逃げ出していた。背後に倒れていたジャックも回収されており、
「……チッ。逃げ足が速い。それに……気配を断つのも獣並みだな……」
急に乱入してきたジャックの仲間たちは、煙のように消えてしまった。
俺がいくらラスボスとはいえ、気配がない者たちを簡単には追えない。次見つけた時は覚えておけよ……確実に行動不能にしてやる。
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