第53話 殺人鬼、そしてカウンター
——黒い死神。
作中でそう呼ばれている男がいた。
男の名前はジャック。帝国でも指折りの問題児で、数多くの人間を殺害した快楽殺人鬼の一面を持つ。
なにを隠そうこの鬼畜、帝国上層部とずっと繋がっていたのだ。
上層部は面倒な相手を消すことができて、ジャックは金をもらいながら人を殺し、なおかつ罪に問われない。そんなWIN WINな関係を築いていた。
しかし、ジャックは横暴な性格をしている。相手が誰だろうと決して敬うことはせず、誰よりも自分が優秀であるという自負を捨て切れなかった。
だからこそ、ジャックは自分より目立つ二人の人間が嫌いだった。
一人は王国の宝と言われるアイリス・ルーン・アルドノア。
もう一人は……当然、帝国の頂点たるユーグラム・アルベイン・クシャナ。
特に最強と称されていたユーグラムに並々ならぬ嫉妬心を燃やしたジャックは、一度、ユーグラムの顔を拝みに行った。どれほどの強さを持っているのかたしかめる一環で。
あわよくば襲って怪我でもさせてやろうかと考えてジャック。だが、彼はユーグラムに攻撃どころか近づくことすらできなかった。
「————ッ」
本能が理解してしまった。
遠目からでも細胞が震える。目を見開き、ごくごく自然に汗をかいて後ろに下がっていた。
心臓が高鳴る。不安と明確な恐怖を初めてジャックは抱いた。それは——生物としてのシンプルな敗北。
たったひと目で解らされる。自分ではあのバケモノには絶対に勝てないと。
ナイフを構えようとした段階で殺されるくらい、自分とユーグラムの間には隔絶した力の差があることを。
酷いトラウマを植えつけられたジャック。
そんな彼が自らの殺人衝動と向き合った結果、ユーグラムに刻まれたトラウマを消すために王都で大暴れする。
それはまた別の話だ。
▼△▼
まさか……あのジャックが巡り巡って俺の前に立つとは。
「? どうしましたか。恐怖で動けない——というわけではないでしょう?」
ジャックが地面を蹴る。
最低限の動作で素早く俺に肉薄し、左右の手に握られたナイフを高速で振った。
俺はそれを後ろに下がりながら避ける。
——ジャックは強い。作中でもユーグラム、アイリスに次ぐ強者だ。単純な身体能力だけで言えばいまのアイリスより強い。
だが、そんなジャックでもユーグラムのまとうオーラを見ただけで気圧された。普通なら俺に気づかないはずはない。
ではなぜ攻撃してくるのか。理由は単純だ。
俺が原作のユーグラムと違い、魔力による圧を常時解放していないから。
原作のユーグラムは自分の強さを誇示するために魔力を抑えたりはしなかった。そのせいで常時威圧感が半端ではない。
それに比べて俺は、極力身分がバレるのを防ぐためにオーラを消し去っている。
鋭い魔力感知能力を持つジャックですら、魔力による圧さえなければ俺がユーグラムだとは気づけない。
だから自分にトラウマを植えつけた相手に平然と舐めた口がきける。
「ほらほら! もっと速く動かないと死んじゃいますよー!?」
さらにジャックの速度が上がる。ぎらぎらと赤く光るジャックの瞳が、美しいラインを宙に描いて俺の背後に回った。
ほとんど魔力は使っていないにも関わらずこの速度と運動性能。
魔力の効率がとんでもなくいい。制御能力が明らかに高い証拠だった。移動中も俺の体にナイフを振っていたし、避けてなかったらすでに何回も斬られている。
だが、背後からの一撃も防ぐ。ジャックの腕を掴み、攻撃を強制的にキャンセルした。
「おっと? いまの速度にも余裕でついてきますか。さすがは王女の護衛。素晴らしい能力ですねぇ」
歌うようにそう言って、直後、ジャックのナイフが怪しい光を発した。
直感的に攻撃だと思った俺は、相手の攻撃を警戒して手を離す。即座に距離を離してナイフの刃先から飛んできた赤黒い閃光を回避した。
「ははっ。いまのはさすがに驚きましたね……どうして避けられるのでしょうか?」
「——血塗れのマリー、だったか?」
「ッ」
俺の言葉にジャックが初めて表情を崩した。ずっとお気楽な雰囲気だったのに、急に声を低くして言う。
「……なぜそれを知ってる」
当然の疑問だ。あのナイフはジャックの相棒。ずっと昔から使い続けている呪われたアーティファクト。
〝血塗れのマリー〟。
対象に強烈な呪いを与える武器型のアーティファクト。閃光はもちろん、刃による攻撃を受けるだけでも毒を喰らう。
莫大な魔力を持つ俺やアイリスには毒は効かないが、呪いのほうは解らん。たぶん効かないと思うけど念には念を入れて。
ちなみにマリーとはジャックの母親の名前。自分で殺した母親の名前を武器につけるなんて狂ってる。
「さあてね。風の噂で聞いただけさ。お前、口が軽すぎるから」
「笑止! これまで出会ってきた敵は全て殺したのですがねぇ!」
再びジャックが地面を蹴って肉薄してくる。素早い動きでナイフを振りながら縦横無尽に俺の周りを駆けた。
たしかに速い。運動神経も反射神経もこれまで出会った誰より上だ。
けど、それだけ。作中最強のラスボスには遠く及ばない。
俺の手が伸びて——ボキッ。
「うん?」
ジャックの片腕があっさりと逆向きに折れた。
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