第52話 浮気者、そして刺客

「うへぇ……今日も疲れた……」


 全ての授業が終わる。


 アイリスの付き添いで学園に来ているだけなのに、やることがなさすぎて逆に疲れるなんて……。護衛って立場はあまりにも暇すぎる。


「お疲れ様でした、ユウさん。ナナも」


「わたしは全然余裕」


 ナナがアイリスに対してVサインを作る。


「ナナは優秀ですねぇ。どこかのお父さんなんて、問題は起こすわ不審者と間違われるわ問題を起こすわで忙しいっていうのに……」


「アイリスも大変なんだね」


「あなたのことですよ」


 酷いッ! 俺はただ自由に、好きなように人生を謳歌しているだけなのに! むしろ俺のことを捕まえようとした側が悪いと思うんだけど、その辺はどう思っているのだろうか!?


 ハッキリとそう本人に告げたら、間違いなく拳が飛んでくると思うので言わない。


「なんですかその不満そうな顔は。昼、窓際で遊んでいたら中庭のほうに落ちて騒ぎになったのをもうお忘れに?」


「そういえばそんなこともあったねぇ。懐かしい話だ」


「ほんの数時間前の話です」


 じろり、とアイリスに睨まれた。


 ——しょ、しょうがないだろ……ちょっと窓際に腰を下ろして外の景色を見ていたら、可愛い女の子がいて目移りした挙句、身を乗り出して落ちたなんて言えない……。


 色んな意味でアイリスに殺される。


「まあいいですけどね。ユウさんの奇行はいまに始まったことでもありませんし」


「さすがアイリス。もう俺という存在に適応してるね」


 逞しいかぎりだ。代わりに、俺があまり突っ込まれなくなって寂しい。次はもっと派手にボケたほうがアイリスの興味を引けるだろうか?


「それより王宮へ戻りましょう。夕方からの訓練に遅れます」


「相変わらず訓練馬鹿だなあ、アイリスは」


「強くなれば強くなるだけいいご時勢ですからね」


 どこか皮肉気味に彼女はそう言って笑った。俺は肩を竦める。


「違いない」


 鞄を手にしたアイリスの後ろに並び、ナナと三人で帰路に着く。




 ▼△▼




「————」


 ぴたり。


 アイリスたちとの下校中、俺は唐突に足を止めた。


「? ユウさん? どうかしましたか」


 俺の様子に気づいたアイリスとナナが、同時に足を止める。振り返って俺の顔を見るが、俺は明後日のほうを向きながら、


「……悪い、アイリス、ナナ。お前たちは先に帰って訓練でもしててくれ。俺はちょっと用事ができた」


 と言いながら明後日の方角へと進路を変える。


「え? よ、用事ですか?」


「そ、用事」


「それは……わたしと訓練するより大事な用なんですか」


 サアアアアッ。


 急にアイリスがヤンデレみたいなどす黒い目を向けてきた。瞳にハイライトがない。


 ——ここでそういう反応見せちゃう感じ? 俺としてはその状態のアイリスも好きだけど、無駄に時間を使ってる暇はないので、


「で、できるだけすぐ戻るからね? 約束約束~! それじゃ!」


 ぴゅー、っと手を振りながら走り出した。


 後ろから、


「あ! 待ってください、この浮気者~!」


「パパのすけこまし~」


 アイリスとナナの酷い罵倒が聞こえてきた。


 浮気者もすけこましとちょっと違うと思います。でも、用事があるのは本当だから急いで彼女たちの前から姿を消した。




 ▼△▼




 十字路の角を曲がって路地裏へ入る。


 さらに角を曲がって薄暗い道をまっすぐ進むと、やけにひらけた場所に出た。そこには一人の男性? が壁に背を預けている。


 性別がハッキリとしないのは、その男? が筋骨隆々ながら灰色のローブを羽織っているからだ。フードで顔が見えない。内側から覗く金髪がわずかに風で揺れていた。


「そのおかしな仮面……おまけにアイリス・ルーン・アルドノアの側近とくれば、只者ではないと思っていましたが……どうやら俺の予想どおりでしたね」


「お前が俺に殺気をぶつけて来た奴か」


 実は少し前、アイリスとの帰宅途中でこいつから殺気を向けられた。アイリスは気づいていなかったようだが、実に絶妙な技術だ。直感的に強いのが解る。


「ええ。俺くらいになると解るんですよぉ……おおよそ見ただけで相手の力量がね。それで言うと、あなたはあのアイリスより強い。——違うか?」


「だからってわざわざデートしたくてこんな気持ち悪い場所に呼んだのか? 意外とシャイなんだな」


「ククク……まあそう怒らないでください。男二人、殺し合うなら静かなほうがいいでしょう?」


 そう言って男は壁から背を離すと、両手を懐に入れて——二本のナイフを取り出した。


 独特な形のナイフだ。刃の所々がとげとげしている。


 ——毒でも塗ってありそうな禍々しさだな。武器っていうより拷問道具に見える。


「……ったく。今日は坊ちゃんに絡まれて戦ったばかりなんだがな。その上でお前の相手をしなくちゃいけないなんて……めんどくせぇ」


 だが、アイリスのことを知っていて俺に喧嘩を売ってきたってことは、こいつの狙いは元々アイリス。


 それに、この外見のナイフ使いを俺は知っている。まだ百パーセント合っているか解らないが、もし想像どおりだとしたら——こいつ、ネームドキャラやんけ。

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