第51話 一瞬、そして落胆

 アイリスが試合開始の合図を告げる。


 同時に、


「いけ! お前たち! あのいけ好かない男を黙らせろ!」


 コンラットくんは、護衛の騎士二人に大きな声で指示を出した。


「「はっ!」」


 護衛の騎士たちは言われるがままに地面を蹴った。重圧な鎧をわずかにがちゃりと鳴らして俺の目の前にやってくる。


「お覚悟を!」


 言いながら剣を構える。さすがに公爵子息の護衛なだけあって綺麗な剣筋だった。


 上段から振り下ろされた一撃が、まっすぐに俺の頭部を狙う。こちらの攻撃は全て鎧が吸収してくれるという読みなんだろう。だから大技を使える。


 普通なら大技を使うのはNGだ。よほどの強い手じゃないかぎり、大技っていうのは威力に比例して隙も大きくなるものだからな。


 しかし、騎士たちは木剣ではビクともしない重圧な鎧をまとっている。あれを貫通するほどの威力が出せなきゃ、どれだけ隙があっても意味がない。


 ひとまず騎士の一人の攻撃を木剣で防ぐ。もう一人の騎士が側面に回って剣を薙いだ。


 ——連携も丸と。そこそこ戦い慣れた動きだ。


 けど、その攻撃は後ろに下がって回避する。鎧がある分、騎士たちの動きは俺より遅かった。


「お前たちなにをしている! 二人がかりなんだぞ! さっさとその男を倒せ!」


 背後ではたった一度の攻防を見ただけでコンラットくんが怒りの声を上げていた。


 肩で木剣を担ぎ、


「おいおい、まだ試合は始まったばかりだぞ、コンラットくん。ちと焦りすぎじゃないかな?」


 俺は再び彼を挑発した。


 コンラットくんの表情に赤い怒りの感情が浮かぶ。全身を小刻みに震わせて、


「な、なんだと? 貴様……!」


 明らかにキレていた。公爵子息ともあろう人間がそんな短気でいいのかねぇ。


 この国の将来を憂いながらも、再度、こちらに接近してくる騎士を視界に捉える。


「いまはこちらに集中してもらう!」


「心配しなくてもちゃんと倒してやるよ」


 次は俺も地面を蹴った。


「!?」


 相手が近づいてくるならあえて俺も近づいてあげる。


 二人の騎士たちは驚愕に目を見開くが、そこは経験の差。素人みたいに慌てることなく剣を薙ぐ。


 その強烈な一撃をガードすると、——右足で騎士の腹部に蹴りを入れた。


 俺の蹴りは騎士の鎧を容易く貫通する。衝撃が皮膚に届き、騎士の一人があっさりと吹き飛ばされる。


「ぐあああっ!?」


 がちゃがちゃと鎧を鳴らしながら転がる騎士。それを見下ろしてもう一人の騎士の攻撃を防ぐと、


「今度は剣」


 相手の剣を弾いて連続で木剣を鎧に当てていく。


 攻撃を受けた騎士の鎧は、木剣に傷つけられたとは思えない跡を残してガリガリ削られていく。最終的に野球バットみたいな感じでもう一人の騎士も吹っ飛ばした。


 先ほどの蹴りといい、今回の斬撃といい、もちろん俺の素の身体能力では不可能な攻撃だ。ではどうやって攻撃を通したのか。答えは簡単。——魔力だ。魔力とは全てを解決する。


 魔力はパワーになり、パワーは全てを破壊する。やはりパワーしかない。


「ざっとこんなもんかな? もういいんじゃない、コンラットくん。試合終了。俺の勝ちだよ」


 転がる騎士たちは呻いたまま立ち上がることができなかった。


 無理もない。片方は衝撃が肉体にまで届き悶絶。鎧の重さもあって転がった際にダメージを受けた。


 もう片方の騎士もあれだけボコボコにしたら、最初の騎士以上にダメージを負ったはず。鎧がなければそこまでしなかったのに、運の悪い連中だ。


「なっ……なっ! ふざけるなっ!! こんな結果、認められるわけが……!」


「どうしてですか、コンラット公爵子息様」


「アイリス様!」


 文句を言うコンラットくんの前に、審判を務めていたアイリスがやってくる。さすがの公爵子息様もアイリス相手には分が悪い。おろおろと困り果てていた。


「ユウさんはしっかりとルールに則り勝利を収めました。なぜその結果を受け入れられないのでしょう?」


「そ、それは……あいつが、なにか……そう! あの男は卑怯な手を使ったに決まってます! でなきゃ俺の護衛を二人同士に相手して勝てるわけ……」


「ハア……それがあなたの意見なのですね、コンラット公爵子息様」


 コンラットくんの言葉に、アイリスは心底呆れた声とため息を漏らす。向けられた視線には、どこか侮蔑の感情が籠められているように見えた。


「もういいです。あちらへ行きましょうユウさん」


「あっ。いいの? アイリス殿下」


 アイリスに腕を引っ張られる。


 俯いたままのコンラットくんを放置して、訓練場の端のほうへと移動を始めた。


「構いません。最初から卑怯な真似を使っておきながら、それでも勝てなかったら駄々を捏ねるなんて……王国貴族として恥ずべき行いです! ガッカリしました」


「手厳しいねぇ」


 その意見には全力で同意するが、彼の気持ちが俺には少しだけ解る。それだけに、素直にコンラットくんを責められなかった。


 まあ、精神的にボコボコにしたし、もうウザ絡みしてくることはないだろう。そう思って、今度はアイリスの相手をすることになる。


 ……ですよねぇ。

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