第50話 ズルい、そして試合開始

「ゆ、ユウさん? コンラット公爵子息様の話をわざわざ受ける必要は……」


 俺の回答にアイリスが困惑した表情を浮かべる。


 気持ちは解るが、俺にも俺なりの理由がある。このまま永遠に彼に絡まれて鬱陶しいしね。


「いいのいいの。コンラットくんがそれで気が済むなら、俺が相手してあげる。もちろん、今後はこういうの止めてほしいけどね」


「……いいだろう。お前が俺の誘いに乗るなら、金輪際貴様に迷惑をかけないと約束してやる」


「さすが公爵子息。太っ腹だね」


 言質は取ったぞ?


 この手のタイプは勝手に逆恨みして突っかかってくるのが常だけどな。


「ではまた午後に。絶対に逃げるなよ、ユウとやら」


「解ってるよ。そっちこそ約束を反故にしないでね?」


「チッ」


 コンラットくんは舌打ちをして立ち去っていった。


「いいんですか、ユウさん。あんな約束して」


「アイリスは俺が負けるとでも?」


 我ラスボスぞ?


「ユウさんが負けるなんて微塵も思ってませんよ。コンラット公爵子息様の護衛などわたし一人でも充分です」


「だったらなんでそんな嫌そうなのよ」


「それは……ユウさんに突っかかってきたコンラット公爵子息様が気に食わなかっただけです……」


 そう言ってぷいっと視線を逸らすアイリス。彼女の表情がわずかに赤くなっているような気がした。


「アイリス……」


「な、なんですか! 文句あるんですか!?」


 俺が声をかけると、彼女はくわっと表情を険しくさせる。


「いや、別に一言も文句はないよ。ただ……嬉しかっただけさ」


「ッ!」


 アイリスの顔がさらに赤く染まる。


 もう真っ赤だ。羞恥心に耐えかねて返事すら返してくれなくなった。


 そんな様子を見て、小さく、


「……うん。負けるわけにはいかないよなあ、なおさら」


 と呟いた。


「? パパ、なにか言った?」


「なにも。ナナはどっちが勝つと思う?」


「パパが負けるの? ありえない」


「だよなあ。偉いぞ~、よしよし」


 パパのことを信じてやまないナナの頭を撫でる。


 そこいらの護衛くらいならナナでも勝てる可能性はある。まあ、さすがに相手は公爵子息の護衛だ。ナナでも厳しい……か?


 けど彼女には才能と伸び代がある。それ次第ではいい勝負をするだろう。


 いっそ彼女にやらせればよかったと今更ながらに後悔する。




 ▼△▼




 時間は経って午後。


 昼食を摂ってコンラットくんとの約束どおりに訓練場へとやってきた。


 するとそこには……。


「ちょっ……コンラット公爵子息様!? なぜ護衛が二人も?」


 訓練場で待っていたコンラットの後ろには、強面でガタいのいい男性騎士がフル装備で立っていた。二人も。


 あれがコンラットくんの護衛かな?


 たまらずアイリスが叫んでいた。言外に「ズルい」という感情が伝わってくる。


「ははは。なに言ってるんですか、アイリス殿下。俺は一言も護衛が二人いちゃダメとは言ってませんよ?」


「くっ! 屁理屈を……」


「まあまあ。コンラットくんがそれほど俺に勝ちたいって気持ちはよく解ったから」


 彼を責めるのはよくない。


 たしかにコンラットくんは一言も一対一の戦いとは言ってなかった。ある意味で正しいし、俺は二人がかりでも一向に構わない。


 正直、アイリスが二人いても俺は勝てるからね。


「ふんっ。そちらがいいと言うなら遠慮なく。あとから二対一だったから負けた——などと言い訳を並べないでくれよ?」


「言わないさ。どうせ勝つのは俺だからね」


 事前に持ってきていた木剣を手にする。護衛の騎士たちも木剣を手に前へ。


 すると、そこで再びアイリスが声を発した。


「あの……まさかとは思いますが、そちらの護衛はその装備で戦うんですか?」


「? そのとおりですが?」


 アイリスの問いにコンラットくんは首を傾げる。


 コンラットくんの護衛たちは、二人揃ってフルプレートの防具を着用していた。それに比べて武器は木剣。


 普通に考えて、鉄製の頑丈な鎧に木製の剣が通用するわけがない。


 アイリスはそのことを糾弾していた。


「とことん本気だね、コンラットくん。いいよいいよ。好きなだけ卑怯な手を使うといい。俺はその上で君たちを叩き潰してあげるからさ」


 圧倒的な魔力パワーの前では全てが無意味だと知るがいい。


 俺は木剣に魔力を籠めて構えた。目の前の二人の護衛も木剣を中段で構える。


 あまり剣先がブレていない。相当な手練れだと解る。


 だが、根本的に俺と彼らでは自力が違いすぎる。ただ魔力を籠めて殴るだけで俺の剣は相手の鎧をぶち抜くだろう。


 むしろこれくらいハンデがあってようやく、相手のことを気持ちよくぶっ飛ばせる。


 ムカつく相手はコンラットくんであって護衛の騎士たちではないが、彼らには犠牲になってもらおう。


 お宅のぼっちゃんがウザいからその犠牲にね。


 渋々といった風にアイリスが手を上げて合図を下す。




「それでは——試合開始!」

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