第47話 盗人、そして宝物庫へ

 食後。アイリスと別れてナナを自室に招く。


 ベッドに座った彼女は、俺を見上げて言った。


「それで? 用ってなに?」


「ああうん。別に大した用件じゃないんだけど、ナナにお願いがあってね」


「わくわく」


「そんな胸躍る展開じゃないぞ~。むしろ面倒事だ」


「じゃあ帰る。おやすみなさい」


 ベッドから立ち上がったナナ。すたすたと部屋の入り口のほうへ向かった。


 彼女の腕を掴んでベッドに引き戻す。


「待ちなさい。パパの話は最後まで聞かなきゃダメだ」


「面倒事だと解っているなら、無視するのが効率的」


「俺の好きな回答をありがとう。だが、いま話してるのは俺だ。その意見は却下する」


「横暴」


「パパだからな」


 それより、と彼女に具体的な話をする。


「で、ナナに任せたい用件だが……今夜、みんなが寝静まった夜に王宮の宝物庫に忍び込む」


「いい考え。嫌いじゃない」


 きらきらとナナの瞳に光が宿った。


 この子、実は暗殺者じゃなくて怪盗教育でも施されたんじゃないだろうね?


 将来の夢が盗人とか言われたらパパ泣くぞ。


 だが、やる気になってくれたのは頼もしい。


「いいのかい? 理由も聞かずに引き受けて」


「パパのお願いはなんでも叶えたい。救ってくれた恩を返す」


「おお! いい子だなあ、ナナは。けど無理はしない範囲でな? 一応、バレたらクソ面倒なことになる」


 というか普通に大犯罪者だ。


 歴史にその名を刻むかもしれない。


「解ってる。承知の上」


「……ありがとう、ナナ。こればっかりはナナの力を頼らなきゃいけない。俺にお前の鍵開けスキルを貸してくれ」


「壊すのはダメなの?」


「王族が抱える宝物庫の扉だぞ? それはもう分厚い設計になっているはずだ。それを壊せる人物はほぼ俺かアイリスしかいない。自分の爪痕を残すようなものだ」


「なるほど。解った。頑張ってみる」

「よし。注意事項を教える。まず目当てのアイテムだが——」


 ナナに今夜盗む宝物の話などをしておく。


 決して賊の手に渡してはならないあの秘宝のことを。




 ▼△▼




 夜はふけて夜中。


 ここまでくると王宮内部の明かりはほとんど消され、王族たちも寝静まっている。


 当然、夜中だろうと朝だろうと警備の人間や使用人はいる。彼らは夜間にも仕事があるのだ。


 そんな彼らの目を盗み、部屋の窓から外に降り立った俺とナナ。


 全身を黒い装いで固め、改めて今回の目的を話す。


「いいかねナナ隊員。今回は迅速に、かつバレずに全ての行いを終わらせるのだ。くれぐれもミスのないように。かと言って遅れてはいけない」


「イエッサー。任せてほしい。鍵開けだけは誰よりも得意」


「うん、いつも俺の部屋の鍵を開けて勝手に入ってくるからね。それは知ってた」


 できればそろそろ多感なお年頃だ。止めてほしいがいまはどうでもいい。


 こそこそと足音を殺して宝物庫のある中央塔へと向かった。


 俺とナナ、アイリスが普段過ごしている場所は宝物庫がある建物とは別の宮殿だ。


 宝物庫がある場所には国王や第一王女が住んでいる。


 そういえばまだもう一人の王女とは顔を合わせていないな。


 別に彼女は原作において重要人物というわけでもないし、特に会う理由はないが、別嬪さんだから見ておきたい。


 なんでも、原作の設定だと後半まで一切説明が出てこず、唯一出てきた内容も「婚約者が決まらない謎多き女性」ということくらい。


 ちょっと興味はあった。


「! ストップ」


 思考の途中、足を止めて背後にいるナナを制止した。


 前方からランプを持った使用人がやってくる。


 このまままっすぐ突っ切ると彼女にバレるな。ここは……。


「壁を伝って天井からいこう。いけるか、ナナ」


「がってん」


 気前のいい返事を返したナナとともに、黒光りするあの虫みたいな挙動で壁を這い上がり、そのまま天井に張り付いて移動を始める。


 これ、魔力の操作は簡単だが、魔力の感知ができる者にはバレかねないのであまり使いたくなかった。


 しかし、彼女からはまったく魔力の痕跡を感じない。


 普段から魔力を使っていないのだろう。だからいけると踏んだ。


 結果、カサカサカサと天井を這い進む俺たちに彼女は気づかない。


 やがて廊下の角を曲がって姿を消した。


 俺たちは床に降り立ってホッと胸を撫で下ろす。


「まるでスパイ映画だな……」


「すぱい映画?」


「なんでもないよ。それより急ごう。あまり魔力を使いすぎるとアイリスにバレる」


 彼女くらいの使い手になると、離れた中央宮殿で漏れた魔力の痕跡すら感知できる。


 いまは就寝中だから気づいてないとは思うが、それも使い続ければ時間の問題。


 夜闇を切り裂くように素早く前進した俺たちは、そのまままっすぐ道なりに廊下を抜け、階段を下りてさらに下へと向かった。


 ここから先は隠し通路がある。そこを通ればもう宝物庫は目の前だ。




 ——なぜ俺がそんなことを知っているのかって?


 前世の知識である。

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