第45話 料理禁止、そして誕生祭

 アイリスの料理は壊滅的にまずかった。


 形容する言葉が思い浮かばず、食道を逆流して吐き出しかけたくらいにはまずかった。


 しかし、なぜかアイリスは嬉しそうに身を捻っている。


「ふふふ~。ユウさんに食べさせちゃいました~」


「食べなきゃよかった……」


 最初からまずいことは確定していたがこれは酷い。


 なんかもう中身がぐちゃぐちゃになった気分だ。早く水で口と胃袋の中を洗浄したい。


 それはナナも同じなのか、スープを一口含んだ彼女もまた「うえぇ……」と口から液体を垂らしてうな垂れている。


 気持ちはわかるぞ……ナナ。こう、想像を絶する味だ。


 もはやまずいとかそういうレベルを超越し、気持ち悪い。痛い。そういうレベルの味だ。


「ナナ……口をすすぎに行こう」


「ん……死ぬ」


 鎖を筋肉で引き千切り、ナナとともに手洗いへと出かける。


 アイリスは上機嫌のままそれを見送った。




 ▼△▼




「料理は大成功でしたね、ユウさん!」


 口を洗浄した俺たちがダイニングルームに戻ってくると、アイリスが笑みを浮かべてそう言った。


 たまらず、


「今後、アイリスは料理するの禁止ね」


「それがいい」


 俺とナナは口を揃えてそう言った。


「なんでですか! せっかく人が時間をかけて料理を作ったというのに……!」


「時間をかければいいって問題じゃないんだよ。最後の最後ですべてが台無しになってるんだよ」


「香辛料を使った料理を好むと言われて、私はそのまま——」


「限度がある!」


 バン、とテーブルを叩いて叫んだ。


 薬も甘味も食事も何もかも、人には適量がある。


 彼女はそれを軽々と超えたのだ。そりゃまずい。まずいっていうか苦しい。


 あんなもの料理と呼べないし二度と食べたくなかった。


「頼むからもう料理をしないでくれ……料理をするなら自分で食べるか味見をしてくれ……」


「そんな悲痛な面持ちで言われたら断りにくいじゃないですか……」


「ガチだから」


 そもそも味見くらいはしてから出せや。


「……まあいいでしょう。私も忙しくて料理どころではありませんしね」


「そうそう。王女様が料理人の仕事を奪っちゃダメだよ」


「わかりましたわかりました。私は剣を振ることにします」


「それが一番よく似合ってる」


 今日ほどアイリスに剣が相応しいと思った日はない。


 ナナも隣でしきりに頷いている。




「そういえば、ユウさん」


「ん? なに」


 椅子に座り直すと、アイリスがその隣に腰を下ろした。


「そろそろ我が国は、国王陛下の誕生祭が行われます。大きな祭りですので、ユウさんも参加されますか?」


「陛下の誕生祭かぁ……いつ?」


「さすがに陛下のことは何も知らないんですね……だいたい来月くらいになりますね」


「来月か。うん、いいじゃない? 楽しそうだ」


「そのときは仮面を外して参加してくださいね」


「断る!」


 それだけは許せない!


「むしろ祭りの最中だからこそ、この仮面が役に立つのさ!」


「仮面が……役に立つ?」


 首を傾げるアイリス。


 俺は仮面の下で笑みを作ると、彼女にはっきりと言った。


「ああ。やはり祭りだからな。浮かれた奴として判断される。この仮面は、祭りの中では目立たないのだ!」


「いや目立つでしょう」


 ばっさりと切り捨てられた。泣きそう。


「確かにユウさんが仰るように、祭りには仮面を売る屋台もあります。しかし……あなたの仮面は、まるで呪いでも込められているかのような異質さがあるので……ちょっと」


「お気に入りの仮面なのに扱いが酷い……」


 俺だって気持ち悪いと思うが、そういう仮面を付けてる奴って強キャラに見えない?


 俺はラスボスだからできるかぎり強く見られたいのだ(でも見られたらダメ)。


「まあ構いませんけどね。どうせ仮面を外すとは思っていませんでしたし」


「なら最初から言うなよ……」


「念のために。外してもらったほうが私としては助かりますから」


「なら残念だったな。例え陛下の誕生祭だろうと…………うん?」


 いま、何かが脳裏をちらついた。


 見逃してはいけない何かだ。言葉を止め、思い出すための努力をする。


「ユウさん? どうかしましたか?」


 急に黙った俺を心配してアイリスが声をかけてくる。


 だが、右手を突き出してアイリスを制した。いまはちょっと集中させてほしい。


 その意思を汲み取ったのか、アイリスはそれ以上何か言ったりはしない。


 ダイニングルーム内に沈黙が流れ、しばらくして俺は——思い出した。




「そ、そうか!」


 がたっ。


 勢いあまって椅子を後ろに倒しながら立ち上がった。


 どうして忘れていたのか。どうしてすぐに思い出せなかったのか。


 心のどこかでまだ余裕があった。村の件はたまたまだと開き直っていた。


 しかし、妙に心がざわつく。そうだと確定したわけじゃないが……嫌な予感がした。




 国王陛下の誕生祭。


 それは、——次のイベントを告げるキーワードだった。


 またしても、この世界の流れが変わる?




———————————

あとがき。


よかったら反面教師の新作、

『悪役貴族の末っ子に転生した俺が謎のチュートリアルとともに最強を目指す(割愛)』

を見て応援してくれると嬉しいです!

面白いですよ!

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