第44話 報復、そして幸せ王女

 アイリスの料理を食べたくない。


 食べたら死ぬ。


 胃袋とか、細胞とか、意識とかそういうの諸々。


 そう思ってナナとともに城下へ向かった俺たちだったが、酒場で食事をしているところにアイリスがやってきた。


 まずい。バレた。


 彼女の料理が食べたくなくて逃げ出したのは、手につけた料理の数々を見れば明白だ。


 しかし、俺は一縷の希望にすがって弁明を試みる。




「誤解だ、アイリス殿下」


「まだ私は何も言ってません」


 底冷えするような声で返事が返ってくる。


 びくりと肩が震えるが、ここで負けたら俺もナナもボコボコにされる。


 だからナナはいい加減食べるのをやめなさい。彼女、真面目な話をしてるよ。


「でも、いや、おそらく、きっと、たぶん……誤解、してるだろうから、ね? 弁明を、ね?」


「……いいでしょう。どうぞ、聞きます」


 うぅ……アイリスの鋭い眼光が俺を貫く。


 心の中まで見透かされているような気がした。


 おそるおそる、俺は彼女に弁明してみる。


「えっと……実は俺、今日は肉料理が食べたい気分だったんだ」


「肉なら用意してます。王宮へ戻りましょうか」


「デザートもあるんだぞ!? ナナは子供だからフルーツが大好物だ!」


「フルーツもあります。王宮へ行きましょうか」


「他にも……こういう酒場で酒とか飲みたいもんだろ!? わかるか!?」


「わかりません。未成年ですよね、あなた。いいから王宮に戻りますよ」


「……はい」


 ごめん、ナナ。


 パパね、アイリスには嘘が通じないってわかっていたんだ。




 悉く俺の言葉は弾かれ、がしっと服を掴まれて引きずられていく。


 周りの視線が痛い。


 アイリス王女に引きずられる俺のことが気になってしょうがないのだろう。


 フルーツをもぐもぐっと口に押し込んだナナが、引きずられていく俺を追いかけた。


 周りを兵士に囲まれながら、俺たちは王宮へ帰還する……。




 ▼△▼




「さあどうぞ、ユウさん。私の手料理です。泣くほど喜んでください」


 椅子に鎖で縛りつけられた俺の前に、香辛料の臭いをむんむんとさせた料理が並べられる。




 あー、やべぇ。鼻、曲がりそう。


 だいたい香辛料使いすぎだろ。臭いで気づけ臭いで。


「ちなみにアイリス」


「はい」


「味見って知ってるか?」


「味見なら料理長がしました」


「料理長は?」


「今日は体調が悪いらしく、いまは医務室に」


「めでいいいいいいっく!!」


 ダメじゃん! それ食べたら俺も医務室送りの刑だろ!?


 いくら魔核があるからって劇物を食べさせる奴がいるか!? 目の前にいたわ。


 おそらく魔核の効果で俺は体調を崩すことはないだろう。精神的に苦しむ可能性は大いにあるが、それでも隣で青い顔してるナナよりはマシだ。


「確実にこの料理はまずいやつだ。そもそも料理っていうのか、これ?」


「まごうことなき料理でしょう。王女の手料理ですよ? 喜んでください」


「じゃあまずはお前が食べてみろや」


「…………早く食べてください」


「アイリスさ——ん!?」


 お願いだからこっち見てください!?


 俺の悲痛な叫びは、しかしアイリスにあっさりと無視された。


 ……てめぇこの野郎。これが料理じゃなくて劇物だとわかっていながら、逃げた俺に対する報復を優先してやがる。


 それでも民を守る王女様かよ!


 清廉潔白で聖女のようだと言われる民に、この料理? を見せてやりたい。


 だが、逃げたのもまた事実。


 それを言われると弱い。


 仕方ないので、


「——って! おいこらアイリス」


「? なんですか」


「鎖で縛られているから食べられん。食べさせてくれ」


「ッ!?」


 アイリスの顔に「その手があったか!?」という感情が浮かぶ。


 よくわからんが、俺はもう覚悟を決めた。


 せめて、彼女に謝罪の意味で劇物を処理してやろう。


 瞼を閉じて、口を開ける。


「さあ、ひと思いに頼む! あーん!」


「ああああ、あーん……」


 アイリスは声を震わせながらかちゃっとスプーンを手に取り、真っ赤な液体をすくって俺の口元に運ぶ。


 今更ながらなんでスープ?


 もっと固形物にしとけよ。液体とかもろ喉に影響でそう……。


 そう思っていると、とうとう、俺の口に劇物が放り込まれた。


 ごくり。


 飲み干す。




「——ぐえっ」


 俺はダウンした。


 顔をテーブルに叩きつけて倒れる。


「な、なんだこの……おえぇ……」


 まっずい。


 まずいというか、もはや香辛料の味と香りしかしなかった。


 味が濃いとかそういうレベルじゃない。直接食べているようなものだ。


 ゲロ吐きそう。その上で、隣にいるナナへ告げる。


「な、ナナ……地獄で、待ってるぞ……」


「パパ……」


 ナナは絶句していた。


 しかし俺はお前に手を貸せない。縛られているから。


 彼女の悲痛な眼差しから逃れるように反対方向を向くと、そちらではなぜかアイリスがものすごい笑顔で立っていた。


「むふふ~」


 むふふも出ますと。




———————————

あとがき。


本日早朝、新作、

『悪役貴族の末っ子に転生した俺が謎のチュートリアルとともに最強を目指す(割愛)』

を投稿しました!


このあと20時頃に2話目を更新します!

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