第41話 自信満々、そして不安

 俺とナナの話に、唐突にアイリスに割り込んできた。


 彼女の提案を聞いて、——しかし、俺は戦慄する。


「あ、アイリスが……手料理を、作る!?」


 あまりの衝撃に脂汗が出てきた。


 まじまじと彼女を見つめると、なぜかアイリスは頬を赤らめて照れる。


「は、はい。料理の経験はありませんが、一度くらいはやってみたいなと思っていたんです。その……胃袋を掴めと言いますし……」


「物理的に胃袋を掴んできそうなアイリスが!?」


 一体誰の、どういう感じで胃袋を掴みにいくんだ!?


 混乱してる俺はまともな思考能力を失い、脳裏ではグロテスクな光景が繰り広げられた。


「失礼すぎませんか、ユウさん。刺しますよ」


「胃袋を!?」


「そこから離れてください! もう!」


 ぷいっとアイリスはそっぽを向く。


 怒った顔も可愛いが、アイリスが料理ぃ? 一度も作ったことないって不安材料を自分で投下してるじゃねぇか。


「そんなこと言うと作ってあげませんよ?」


「じゃあ外食しようぜ」


「ユウさん、殺しますよ」


「なんで!?」


 嫌なら外食にしようぜって言っただけなのに!?


 こちらを見るアイリスの瞳には、ガチの殺意が宿っていた。


 これ、絶対に作りたいやつやんけ。我慢してないで普通に言えばいいのに。


「そんなに作りたいのか?」


「ま、まあ……そうと言えなくもないですね」


「どっち」


「…………作らせてください」


「だが断る!」


 ブンッ!


 魔力の込められた剣が、俺の目の前を通り過ぎていった。


 ぎりぎり避けたぜセーフ。——じゃねぇ!?


「なにすんだお前!」


「ユウさんが意地悪言うからです。私もお茶目なことしました」


「殺人未遂って知ってる?」


 普通に危ないからね? 真剣じゃん。


「私は王女ですよ? 私が法です」


「急に独裁者!? あまりにも思考が乱暴すぎる」


「いいから食べてください! 頑張って作りますから!」


 ぐいぐいっとアイリスが手料理を押し売りしてくる。


 だが、俺は彼女の料理経験ゼロに危機感を抱いた。確実に俺が料理したほうがいいに決まってる。


 だから断ろうとするも、アイリスのやや哀しげに下がった目を見ると、それも言い出しにくくなった。




「…………わかった」


 思わず最後には頷いてしまう。


 するとアイリスは、グッとガッツポーズを作り、


「やったー! 楽しみにしててくださいね、ユウさん、ナナ! 私が最高の夕食を作ってみせます!」


 と胸を張る。


 アイリスの胸元がぷるんと揺れた。


 視線を逸らし、俺は、


「期待してるよ。本当に、レシピ通りにお願いします」


 とだけお願いする。アイリスは話を聞いている素振りはない。


 なにやら口元を手で隠し、


「ふふっ。まずは胃袋を掴んで……えへへ」


 と笑っていた。その様子に、なおさら俺は不安を加速させる。




 ▼△▼




 アイリスが料理を作るために厨房へいった。なんとなくその後ろ姿が気になった俺は、彼女の後ろを追いかける。


 王宮内部にある厨房はかなり広い。


 日夜、王族のために多くの料理人が料理を作っている。


 そこへアイリスが足を踏み入れた。


「すみません、お邪魔します」


「アイリス殿下ぁ!? どど、どうしてここに?」


 早速、厨房の長らしき恰幅のある男性がアイリスの前に現れた。


 料理人っていうかヤクザみたいな外見だな……材料より人を捌いてそう。


「忙しいところすみません。本日、ユウさんとナナの料理を私が作ろうと思いまして」


「あ、アイリス殿下が!? ユウさんとナナ——ナナさんって言うと、アイリス殿下の護衛の?」


「はい。あの怪しい仮面の人と可愛い女の子です」


 おいこら。


 お前、よそでは俺のことをそんな風に紹介してたのか。


 今すぐアイリスの下へ行き訂正を求めたいところだが、間違ってないし尾行してたのがバレる。


 ここはグッと堪えて彼女の様子を見守る。


「どうしてアイリス殿下が料理を? 万が一怪我でもされたら……」


「平気です。私頑丈ですから!」


 そういう問題じゃねぇ。ここでも脳筋かアイリスよ。


 怪我しにくいから大丈夫とかじゃなくて、万が一って言ってんだろ。困るのは料理人だぞ。


「うーん……わかりました」


 わかりました!?


「アイリス様のお願いを無碍にもできません。あの怪しい仮面の方に料理を振舞ってあげたいのでしょう?」


「あはは……そ、そういう感じかもしれませんね? え、ええ……」


「ではこちらへ。一通りの材料と包丁などを用意します。アイリス殿下は手を洗っていてください」


「わかりました」


 あぁ……残念ながらアイリスキッチンが始まってしまった。


 王家直属の料理人なら止めろよな……そいつ、料理経験ゼロの危険物だぞ。一番危険なのは誰だと思ってやがる。——俺とナナだ。


 ここでアイリスが料理上手という意外な特性を発揮すれば、俺たちは安心なんだが——。




 ——ダンッ!




 大きな音が聞こえた。見ると、アイリスの前に用意されたタマネギみたいな野菜が切れていた。



 まな板ごと。

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