第37話 空気が読めない、そして帰宅

 アイリスとともに村へ戻ってくる。


 大量の魔物を倒したアイリスと俺は、すぐに村人たちに囲まれた。


「アイリス様! 魔物を倒してくれてありがとうございます!」


「アイリス様! おかげで村が守られました!」


「アイリス様! 素晴らしい剣技でしたねっ! 私、惚れ惚れしちゃいましたぁ」


 誰も彼もがアイリスの活躍を手放しで喜ぶ。


 この様子だと、俺が森の一部を吹き飛ばした件は有耶無耶になりそうだ。


 あれ、かなりの広範囲がごっそり禿げたからね。損害賠償とかされても払えない。


「あの、えと……私だけの活躍じゃありません。こちらのユウさんが——もがっ」


 アイリスが余計なことを言うのでその口を物理的に閉ざす。


 彼女はこちらを見ると、ジト目で抗議をあげていた。目が口よりも物語っている。「何するんですか」と。


 それに対して俺は、彼女の耳元に口を近づけ、


「ごめんね、アイリス。俺のことは話さなくていいから。今は、君への称賛を受け取っておこう」


 と伝えた。


 すると、アイリスは、


「んんっ!」


 急に頬を赤くして体をわずかに捻る。


 手の隙間から漏れた声は、不思議と艶かしいものに聞こえた。


「あ、アイリス様? どうかなされたのですか?」


 様子が変わったアイリスに、村人のひとりが声をかける。


 アイリスの口から手を離すと、彼女は火照った顔のまま首を横に振った。


「い、いえ……なんでもありません。それより、少々疲れてしまったので休んでもいいですか?」


「おお、それはそれは。気が利かずに申し訳ございません。どうぞ、私の家でゆっくりとおくつろぎください」


 そう言ったのは、群衆をかきわけながら近づいてきた村長だ。


 彼の自宅なら一度行っている。お言葉に甘えて俺とアイリスは歩き出した村長の背中を追った。


 こそりと、歩きながらアイリスが、


「急に耳元で囁かないでください。びっくりしました」


 と言うので、思わず悪戯心が芽生えた。


 気配を消して彼女の耳元に再び口を近づけると……、


「ごめんね、アイリス」


「ッ~~~~!?」


 ぼそっと、謝罪の言葉を呟いた。


 彼女の肩が跳ねる。


「ユウさん!」


「あはは。ごめんごめん。ほら、村長に置いていかれるよ? 早くついていかないと」


「むぅ……! 後でいろいろお話がありますからね!」


「逃げてもいいかな?」


「指名手配されてもいいならご自由にどうぞ」


「……了解です」


 どうやら俺は彼女から逃げることはできないらしい。


 さらりと凄いことを言われてしまった。




 ▼△▼




 村長宅に着く。


 村長とその奥さんは、村人たちに今回の件を報告すると言ってすぐに出かけてしまった。


 村長の嬉しそうな表情を見ると、こちらも気を使われたのかな?


 まあ、お言葉に甘えて椅子に腰を下ろした。


「ふう~。頑張ったあとの休憩は格別だねぇ」


「人に魔物を押し付けた人の言葉とは思えませんね」


「あれはアイリスのためだったから」


「せめてもう少し考える時間くらいくださいよ! まったく……」


 ぷくぅ、と頬を膨らませるアイリス。


 その表情が本気で怒っているものではないと俺はわかった。


 くすりと笑って、


「本当にごめん。次はできたら報告するよ、事前に」


「できたら、って確実にしない人の言葉じゃないですか……いいですよ、もう。それがユウさんなんだってわかってますから」


「以心伝心だね」


「意味、知ってますか?」


 じろり、とアイリスに睨まれた。


 俺はへたくそな口笛でも吹きながら視線を逸らす。


 彼女は、


「まあ、ユウさんが無事ならそれでいいですけどね」


 と小さく呟いた。


 そう言えばと俺は思い出す。


「さっきも同じこと言ってたね。心配させてごめん。俺を殺せるのはアイリスだけだから安心していいよ?」


「それは安心できるんですか? むしろ、ユウさんが不安になりそうですけど……」


「そんなことないさ。俺は君になら殺されてもいい。もちろん生きたいけど、まだ納得できる」


「なぜですか?」


「アイリスが好きだから」


「ッ」


 か~~~~っとアイリスの顔が真っ赤になった。


 その反応のしやすさも含めて、俺は彼女が大好きだ。こうして話して、見て、接して、さらに気持ちは膨れ上がった。


「好きだから殺されてもいい。それが愛だろう?」


「ななな、なに言ってるんですか! 急に、あああ、愛、だなんて……」


「あ、そうだったそうだった。ナナを王宮に残したままだったね。陛下のご機嫌も取らないといけないし、今日にでも王都に戻る?」


「ユウさん……最低です」


「え?」


 話を変えたらものすごい不満そうな顔でアイリスに睨まれた。


 先ほどまでの真っ赤な顔も、鬼のオーラに変わっている。


 お、俺……なにかした?


 何もしてないから、とは言わないよね?


 アイリスの豹変具合に戦々恐々としていると、彼女はため息を吐いた後に、


「……でもたしかに、ナナのことは心配ですね。ユウさんの言う通り、今日にでも帰りましょうか」


「決定だね。村長たちが戻ってきたらそう伝えよう」


 アイリスは無言で頷いた。


 ナナへのお土産も用意しないとなぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る