第29話 想い、そして主人公の戦い
「ユウさん……ご無事でしょうか」
ユーグラムが村を出てしばらく経った。
未だにユーグラムが帰らぬことに、アイリスは胸が締め付けられる想いを抱く。
「ユウさんと言うと……先ほどの仮面を付けた方ですな」
そばにいた村長がアイリスの話に返事を投げる。
彼女はこくりと頷いた。
「はい。あの方はとても強いですが、今回は何が起こるのかわかりません。少しだけ心配ですね……」
「アイリス殿下に心配されるとは……よほどあの方に強い想い入れがあるようですな」
「へっ……!?」
村長に図星を突かれてアイリスの表情は真っ赤になる。
慌てて否定するが、すでに遅かった。
「ち……違います! 全然そんなことは……」
「良いではありませんか。誰を好きになるかはアイリス様の自由。たとえ王族であろうと」
「しかし……私は第二王女です。国のための結婚をしないと……ん?」
そこまで言って彼女はふと気付く。
「(ユウさん……ユーグラム様は、帝国の第三皇子ですよね? 王位継承権を持ち、魔核なんて優れた能力を持ち、才能もあって……あれあれ?)」
もしかして、ユーグラムほどの優良物件はないのでは? と今更ながらに気付く。
「(敵国の皇子ではありますが、優れた血筋は次代へ繋げるための大事な要素……その点、ユーグラム様は完璧……)」
どこをどう探しても、ユーグラムの欠点は見つからなかった。
個人的な欠点ならたくさんある。
スケベ。馬鹿。空気を読まない。すぐサボろうとする。
けれど、同時に……良いところもたくさんあった。
「(なんだかんだ優しくて、私を助けてくれて……私を守ってくれて……強くて、頼り甲斐があって……)」
脳裏に浮かぶのは、これまでユーグラムと過ごしてきた時間。
思い出すだけで、胸中がふわふわと不思議な気持ちになった。
「アイリス殿下? どうしました?」
「——はひっ!? ……あ。す、すみません! ボーッとしてました……」
村長に声をかけられて初めて、自分が妄想にふけっていたことに気付く。
ユーグラムのことばかり考えていた、などとは口が裂けても言えない。恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
「(わ、私としたことが……村長さんの言葉に乗せられてしまいました……~~~~!)」
それでも嫌だと思わないのは、その気持ちが本物だから?
初めて抱く感情に、アイリスは完全に振り回されていた。
「ほほほ。その様子なら、アイリス殿下は大丈夫そうですな」
「で、ですから! 私は違っ——」
「——ま、魔物だあああああ! 魔物が現れたぞ————!!」
「「ッ!?」」
アイリスの言葉の途中、大きな男性の声が村中に響いた。
内容を聞いてアイリスも村長も血相を変える。
「あ、あなた……今の知らせ……」
「ああ……どうやらまた魔物が出たらしいな」
「私が対応します! 村長さんたちは村人たちへ決して外に出ないよう指示を出してください!」
「わ、わかりました! どうかご武運を……!」
「大丈夫ですよ。私を倒せるのは、この世界にたったひとりだけですから」
にこりとそれだけ言って、アイリスは声のしたほうへと向かった。
▼△▼
「応援に来ました! 魔物はどこですか!?」
「あ、アイリス殿下!? アイリス殿下が来てくれたんですか?」
「はい。今は私しかいないので……それより、魔物はどこに?」
「あそこです。今回は一体だけじゃなく、複数いて……」
見張り役の男性が指を向ける。そちらへ視線を移すと、木々の隙間から、たしかに複数の魔物が顔を覗かせている。
見たところ小型の魔物に見えるが……。
「なに……あれ?」
アイリスはその魔物に見覚えがなかった。
否。
見たことはある。しかし、記憶のそれとは微妙に姿が異なっていた。
まるで、複数の魔物が継ぎ合わされているかのような……。
「あ、アイリス様? 勝てそうですかね……?」
隣に並んでいた男性が、アイリスの反応を見て不安を抱く。
しまったと思ったアイリスは、慌てて笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫です。多少姿は特殊ですが、能力的にそこまで強くはないでしょう。あなたは戦える人を集めてきてください。その間に……私が出ます」
アイリスが跳躍する。
柵を越えて反対側に降り立つと、こちらを見つめる複数の魔物へ剣の切っ先を向けた。
「ここから先へは絶対に行かせません。通るならば……その命はないと思え!」
周囲の魔力を引っ張る。それを体内で練り上げると、一気に身体能力を増加させた。
唸る魔物たちのもとへ、彼女は地面を蹴って接近する。
最初に反応した狼の魔物が、背中に生えた不気味な腕を揺らしながら駆ける。
お互いに正面からぶつかり——アイリスの剣が魔物の首を落とす。
「まず一体。さあ……どんどんかかってきなさい!」
血飛沫を上げて倒れる魔物を一瞥することもなく、アイリスは残りの魔物へ視線を戻した。
彼女の戦いが始まる。
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