第28話 凶暴、そしてピンチ?

 怪しい灰色ローブの男が、拘束していた魔物を枷から解き放った。


 勢いよく地面を蹴って、巨大ワニは俺のもとに突進してくる。


「でけぇ~……」


 俺はその突進を横に飛んでかわす。


 馬鹿正直にパワー勝負してやる義理もない。


「グオオオオオオオ!」


 魔物は叫ぶ。


 地面をガリガリと削って速度を落とすと、他の灰色ローブたちを薙ぎ払う勢いで踵を返した。


「あれがお前の言う実験の成果ってやつか?」


「そうとも。素晴らしいだろう? 様々な魔物の細胞を組み合わせて作った最高傑作だ! その能力は従来の魔物をはるかに凌ぐ! コイツがいれば、あんな小さな村など簡単に滅ぼせるとも」


「今、あの村には超強い剣士がいるけどな」


「超強い剣士、だと? アイリス王女でも連れてきたのか?」


 ビンゴ。その通り。


 やっぱり王国で強い剣士っていうと、大体の人間がアイリスを思い浮かべる。


「誰だか知らないが、たとえアイリス王女が相手だろうと私の実験体は負けはしない! 彼女を想定しているからねぇ」


「つまり……アイリスがこの村に来ることを予期していると」


「ああ。依頼を受け取ってくれたんだろう? 騎士の仕事だからな」


「なるほど」


 コイツはこっちの事情もある程度知ってるみたいだな。


 そうなると、国の中にどれだけ帝国の内通者がいるのか気になる。老人の口ぶりから、確実に上層部に帝国へ情報を流してる奴がいる。


 そいつは今後殺すとして、まずは目の前のマッドサイエンティストと魔物を倒すか。




「グルウアアアアアア!」


 巨大なトカゲは咆哮する。次いで、口元に大量の魔力を集めた。


 魔物は人間と違って体内に魔力を生成する器官がある。ユーグラムの魔核のようなものだな。


 ユーグラムに比べて高性能なのかポンコツなのかは知らんが、その魔力を練りあげて何かするっぽい。


 口に魔力を溜める攻撃と言えば——ブレスか。


 溜まった魔力が炎に変換され、洞窟にいるにも関わらず、巨大なワニは火を噴いた。


「マジかよ」


 ワニが火を噴くのってどんなファンタジー?


 ……あ、ここ異世界じゃん。


 無駄な突っ込みを内心で入れて、全身に魔力を流し地面を蹴る。


 ひとまず洞窟からは退散だ。いくら俺でも、酸素が消えたら呼吸ができなくなって死ぬ。


 それに、こんな狭い洞窟の中で炎なんて受けてみろ。髪が燃えたらかなり面倒だ。


 ワニを無視して洞窟の入り口を目指す。


 後ろから、


「逃がさぬ……逃がさぬぞおおおお!」


 老人の大きな叫び声が聞こえた。


 構わず来た道を戻る。




 ▼△▼




 洞窟を抜けた。


 入り口から三十メートルは離れて振り返ると、徐々に地面が揺れる。


 間違いなく洞窟の奥からあの魔物がこちらにやってくるのがわかった。


 しばらくして、真っ先に巨大ワニがダンジョンの中から顔を出す。


「グルアアアアア!」


「言ったはずだぞ! 逃がさぬとなぁ!」


 ワニの上にあの老人がしがみついていた。そんな移動方法できたの?


 さすがに度胸がありすぎると思うが、効率はいいな。


 遅れて、さらに灰色ローブの帝国兵がダンジョンから出てくる。確実に俺を殺すために総動員だ。


「躍起になってるじゃん。そんなに俺が怖いのか?」


「くひひ。貴様など別に怖くはない。ただ……我々のことが外に漏れても困るのでな。ここで死んでくれ」


「お前を殺せばすべてが終わるがな」


 わざわざ敵の総大将が目の前にいるんだ。コイツを殺して、魔物も殺せば事件は解決する。


 ……いや、殺しちゃダメか。魔物はともかく、あの老人は生きた情報だ。持ち帰って王国の騎士たちに引き渡したほうがより有意義に活用できる。


「果たしてどうかな?」


「——ん?」


「私がこんなところで簡単に捕まるとでも? そもそもこの魔物を倒さないかぎりは、私に攻撃はできぬぞ!」


 老人がワニから降りて叫んだ。


 にやにやとウザい顔だな。


「魔物頼りが偉そうじゃん。その木偶の坊がいなかったら何にもできないくせになぁ」


「黙れ! ……それに、お前は勘違いをしている」


「勘違い?」


「私がここにすべての戦力を置いておくと思ったか? 常に最悪の想定くらいはしておくものだ」


「どういう……まさかっ」


「やはり勘がいい。頭もよく回る」


 老人の言葉に、ある答えが脳裏に浮かんだ。


 嫌な予感がする。


「そうだ。他の場所にも拠点はある。そして、そこにも魔物はいる。いつでも村を襲えるようにな」


 老人は懐から小さなアーティファクトを取り出した。恐らくアーティファクトだ。


 そのアーティファクトに、


「総員。本拠点に侵入者あり。村へ奇襲を仕掛けよ! 繰り返す、本拠点に——」


 声を発していた。口調と内容からして。


「通信用のアーティファクトか……いいもん持ってるな」


「しかり。さあどうする? お前が守ろうとした村は、すぐにでも滅びるぞ?」


 ククク、と老人は喉を鳴らして笑う。


 俺が絶望するとでも思っているのだろう。だが、甘い。


 逆に俺は仮面の下で笑った。


「ははっ……」


「ぬ?」


「お前、俺の話聞いてなかったの? いま、村には強い剣士がいるんだってば。そいつに守りは任せてある。だから……俺はお前を遠慮なくボコれるってこと」


 剣を構える。


 残念ながら、俺に憂いなどない。

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