第13話 勝負、そして嫉妬

 授業の一環でアイリスと刃を交える。


 お互いに得物は木剣だ。魔力を使えば怪我はしないだろう。


 しかし、アイリスはまるで鬼気迫る勢いで地面を蹴った。


 真面目な表情で俺に肉薄する。


「ふっ!」


 鋭い突き技が放たれた。


 容赦なく顔面狙いだ。わずかに首を傾げてその攻撃を避ける。


「いきなり急所を狙うなんて容赦ないね」


「ユウさんなら避けてくれると信じてました——よっ!」


 続けて腕を引くと、剣を戻して薙ぎ払い。


 一連の動作がスムーズだ。よほど練習したのだろう。


 それを木剣でガードする。


 アイリスは魔力による身体強化を行っていた。常人なら耐えられないほどの衝撃が伝わってくるが、俺はラスボスだ。


 それを器用に魔力でガードして無効化する。


「まだまだっ!」


 そこからは流れるようにアイリスは連撃を決めた。


 首。手首。膵臓。心臓。太もも。


 やたら致命的な箇所ばかり狙われているが、


「——ひょっとして……俺のことが嫌いとかそういうわけじゃないよね?」


 まさかね。


 露骨な致命傷狙いとか俺のメンタルにダメージがくる。


「? 別にユウさんのことは嫌いじゃありませんよ。ムカつきますけど——ねっ!」


「おっと」


 カンッ!


 会話の最中にも関わらずアイリスは攻撃の手を緩めない。


 果敢に攻撃を続けた。


 しかし、彼女の剣が俺に届くことはない。その全てをガードしていた。


「ッ! これだけ全力で攻撃してもなお崩れませんか……さすがですね」


「本気の本気ってわけでもないだろ? それならまあ、俺も負けませんよ」


「たしかに全てを出し切っている……と言えば嘘になりますが、できる限りの死力は尽くしているんですよ? あなたと刃を交えると……落ち込みそうです」


 そう言いながらもアイリスは動きを止めない。鋭い斬撃、突き技が繰り出されていく。


 俺はひょいひょいっと避けながら、防ぎながら、それを捌いた。


「アイリス様は天才だから心配しなくてもいいよ。そのうち勝手に強くなる」


「なんですかそれ。適当すぎます」


「だって主人公だしなぁ」


「主人公?」


「こっちの話。俺が保障するから安心してくれ」


「根拠がないじゃないですか!」


 ガンッ!


 連撃から一転、急に腕力勝負の鍔迫り合いに移行する。


 単純な肉体能力ならますます勝ち目は薄いと思うが……。


「根拠ならあるよ」


「なんですか。教えてください」


「俺」


「……ユウさん?」


「俺は最強だから、俺が言ってることも正しい」


「…………」


 ジト目でアイリスに睨まれる。


 ちゃ、ちゃうねん! 原作の話とかアイリスにできないから、俺なりのジョークをだね……はい、面白くないですね。


「ごめんなさい。冗談です」


「いえ……ある意味で正しいとは思いました」


「え?」


「ユウさんは私が知るどの剣士よりも優秀です。恐らく世界最強と言ってもいい。同じ瞳を持つ者として嫉妬するほどに……」


「アイリス様……」


 意外と気にしてたのかな、この前のこと。




 ——俺はアイリスの前で圧倒的な力を見せた。


 しかし、あれはただの雑魚を処理したに過ぎない。あのくらいならアイリスもすぐにできるようになる。


 なぜなら彼女は主人公。この世界に祝福された最強のキャラクターなのだ。


 ある意味では俺以上に強いとも言える。


「……大丈夫だよ。何度でも言ってやる。アイリスは強くなれる。きっと俺なんかよりずっとね」


「本当ですか? 信じちゃいますよ? 私、重い女ですからね?」


「その言い分だと意味が変わるような気もするが……構わないとも。俺がそばにいて、ずっと見守ってあげるよ」


 それが逃げ出したラスボスの責任というものだ。


「ッ!?」


「アイリス様?」


 急にアイリスの顔が真っ赤になった。


 ぎりぎりと剣に込められた力が増していく。


 お? 魔力が上昇したな……どうかしたのか?


 彼女に合わせて俺も魔力を体や木剣に注ぐ。


「あなたと言う人は……ズルいですっ!」


 ガンッ!


 放出量を急激に跳ね上げたアイリスの剣に吹き飛ばされる。


 鍔迫り合っている状態であんな力が出るとは。


 空中で一回転して地面に着地すると、鬼の形相でアイリスが迫る。


「どうせ他の人にも言ってるんでしょ! この浮気者!」


「えー!? 俺が口説くのはアイリス様だけですよ!」


「~~~~!」


 ぴたっ。


 木剣を振り下ろした状態で彼女の動きが止まった。


 目を見開いて衝撃を受けている。


 ——よし。


「あー? そろそろ疲れたなぁ……もう限界なので降参します~」


 わざとらしくその場に倒れてギブアップ宣言。


「あ!? ず、ズルいですよ! 反則です!」


「負けたのに?」


 なんて理論だ。アイリスは敗者に厳しい。




「——大丈夫ですか、ユウ様!」


「え?」


 倒れた俺を心配して、数名のご令嬢がやってきた。


 君たち……授業は真面目に受けないとダメだよ。


 差し出された手を取って立ち上がる。


「ありがとう。お礼にお茶でも奢ろうか?」


「い、いいんですかぁ!? やったー!」


「私も! 私もご一緒です!」


 俺が調子に乗るとご令嬢方は歓喜の叫び声を上げる。


 すると、対面にいたアイリスの顔がゾッとするほど真顔になった。


 真顔っていうか、微妙に睨んでいるようにも見える。


「あなたっていう人は……!」


 木剣を構えるアイリス。


 ちょっと待ってくれ……!?


「成敗!」


「ぎゃああああ!」


 問答無用で攻撃された。




———————————

あとがき。


アイリスは本当に重い女です()

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