第7話 暗殺者、そして少女

 暗殺者ギルド。


 それは、小説——物語を盛り上げるための小さなスパイスだ。


 アイリスを狙って刺客たちが襲いかかってくる。


 そういうスパイスが小説には必要なんだ。


 しょうがないと言えばしょうがない……が。


「俺にはもう関係なーい。邪魔な奴は徹底的に潰す」




 やってきたのは王都の東にある居住区の一角。


 入り組んだ路地裏に入り、奥を目指す。


 しばらく歩くと、ややひらけた場所に一軒の建物が見えた。


 二階建ての宿だ。


 外観はややボロい。平民向けと言えばその通りだが、実はこの宿は——暗殺者ギルドの根城だったりする。


「木を隠すなら森の中ってね」


 このボロい宿の中に、凶悪な暗殺者たちがいるなんて誰も思わないだろう。


 そもそも居住区の奥なんて、人がなかなか来ない場所でもある。


 隠れるにはうってつけだ。


 王都の露店で購入したお菓子を食べながら、俺は平然と宿の入り口をくぐる。


 正面奥、カウンターには若い男性が立っていた。


「ようこそ。宿泊ですか?」


 男性は爽やかな笑みを浮かべる。満点だ。


 よくある偽装でね。表では普通に宿を切り盛りし、とある合言葉を知る者だけが裏家業の暗殺者ギルドに入れるって寸法。


 普通は知り合いの伝手とか、情報を探してその合言葉を知ることができるが……俺には前世の記憶がある。


 当然、暗殺者ギルドたちの合言葉も知っていた。


 仮面の内側でにやりと笑ってから言った。


「暗闇から狼が来る。真っ赤な狼がね」


「——ッ!」


 男性従業員が表情を崩す。


 先ほどまでの笑顔が消えて、恐ろしいくらいの真顔になった。


「あんた……ギルドに用があるのか」


「ああ。案内してくれるんだろう?」


「……こっちだ。ついてこい」


 急にぶっきらぼうな口調になった男性。


 カウンターを出て厨房のほうへと向かった。


 その背中を追いかける。


 一見したらただの宿だ。中を見ても普通の内装。だからバレない。


 構成員もそこそこいるし、彼らの存在が明るみになるのはもう少し先の話だ。




 しかし、今日、俺はその未来を変える。


 厨房へ入ると男が無造作に床を叩く。


 カラクリの一種だ。


 床がカチャ、という音を立てて開いた。巧妙だねぇ。


「この下に続く道を真っ直ぐいけ。そしたら部屋に着く」


「了解了解。案内ありがとさん」


 そう言ってから男の体を殴る。


「うぐっ!?」


 男はたった一発で気絶した。床に倒れる。


 それを見送って、指示された通りに階段を下りた。


 アジトが地下にあるってのもありきたりだよね。


 しばらく薄暗闇の中を通って歩いていると、一枚の扉を見つける。


 扉を開けて部屋の中に入ると——。


 宿の部屋より広いであろう一室。そこに、三人の男女がソファに座っていた。




 ▼△▼




「よく来たな。ここに通されたってことは、俺様の客か」


 ソファの中央に座るドレッドヘアーの男性が口を開く。


 思わず笑いそうになったが、シリアスな空気を読んで我慢した。


 仮面を付けててよかった。笑いを堪えているのがバレない。


「あ、ああ……お前に話がある」


「とりあえず座——」


 どさっ。


 言われる前にソファに座った。


 ややドレッドヘアーの男の目付きが鋭くなる。


 しかし、俺はそんなことでビビらない。


 足を組んでふんぞりかえる。おまけにお菓子だって食べちゃうもんねぇ。ぱりぱり。


「……てめぇ、いい度胸してやがるな。ここがどこだか解ってんのか?」


「暗殺者ギルドだろ? 知らない馬鹿が入ってこれるような場所なのか?」


「ふはっ! 肝の据わり具合がやべぇな。嫌いじゃねぇぜ? 好きでもないがな」


「奇遇じゃん。俺も偉そうな奴は嫌いなんだ。同族嫌悪で」


「…………ふん。それで? どんな暗殺依頼だ」


 すぅっ。


 とうとう男の目付きが完全に殺し屋のそれになる。


 もう雑談に付き合うつもりはないらしい。


 個人的にはもう少し話したかったんだけどな……。


「先に言っとくが、俺は暗殺依頼をしに来たわけじゃない。ただのハッタリ……というか嘘だな」


「なに? ふざけた真似をするなら殺すぞ?」


「訊きたいことがあるっていうのは本当だよ。——お前ら、アイリス王女の暗殺を依頼されただろ?」


「!?」


 ぴりっ。


 空気が張り詰めた。


 正面に座る男性だけじゃない。


 その両サイドにいる若い男と、若い女も目付きが鋭くなった。


 さっきまで楽しそうにへらへらしてたくせに。つか女のほうおっぱいデカくね?


 視線だけずっとそちらに吸い込まれる。


「なぜお前がそのことを知ってる……まさか、帝国の間者か何かか?」


「そういうことは相手の身元を確認してから訊きなよ。今ので誰が暗殺依頼をしたのか割れたぞ?」


「別に構わねぇだろ。王女の暗殺を依頼する奴なんざ、敵国に決まってる」


「たしかに」


「それと……どうせお前は生きてここを出られねぇ。敵だとしたらな」


 すっ。


 男が片手を上げる。


 直後、背後に人の気配を感じた。


 そして、首に当てられた金属の冷たさ。




「動くと殺す」


 声色から、俺の背後を取ったのは若い女の子だとわかる。




———————————

あとがき。


アー、クビニ、ハモノ、ツキツケラレテルヨッ!

大変だ!

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