第6話 スローライフ、そして暗躍

「こちらがユーグラム様のお部屋になります」


 アイリスに案内されて、空き部屋の前にやってきた。


 扉を開けて中に入ると、誰も使っていないとは思えないほど綺麗だった。


 しかも家具も一通り揃っている。


「本当にこの部屋を使っていいの?」


「はい。ここは私の部屋の近くでもありますので、何かあったらいつでも呼んでくださいね」


「例えば下着が欲しいとか?」


「殺されてもいいなら構いませんよ」


 にっこりとアイリスは微笑む。


 俺への対応の仕方が慣れてきたな。


「……まあそれは冗談として。さっきの話、あれも本当?」


「さっきの話?」


「謁見の間でのことだよ。俺がアイリスの師匠ってやつ」


「ああ、それですか。何か不満でも? ユーグラム様は打倒帝国を掲げてくれるのでしょう?」


「そうだけど……なぜ俺が君の師匠にならなきゃ……」


「ユーグラム様を見てわかりました。まだまだ自分は力不足だと。なのであなたから学ぶのです!」


 グッとアイリスが胸の前で拳を握り締める。


 そのポーズはたいへん可愛らしいものだが、内容はそうでもない。


「俺が強いのは体内に魔核があるからだ。同じ修行の仕方を教えても意味ないと思うぞ」


「それは内容をたしかめてからのお楽しみ、ということで」


「是が非でも俺を師匠にすると……」


「はい。明日からよろしくお願いしますね、ユーグラム様」


「しかも明日から……」


 結構アイリスって大胆だよな。


 強くなるために、元敵国の王子に修行方法を聞くとか、教わろうとするとか。


 とりあえず初心者が上手い人を真似るみたいなものだ。


 この場合、俺はチートを使ってるようなもので、本当に参考になるかは怪しいが。


 それでもやる気まんまんで自室に帰ったアイリスを見ると、「無理だ諦めろ」とは言えなかった。




 ひとまず自室に入ってベッドに転がる。


「第一の目的は達成した。後は……俺がどう気楽に生きるか……」


 やや不安な幸先を憂いながらも、ゆっくりと瞼を閉じる。


 久方ぶりの文明人らしい生活に、俺は素直に体を預けるのだった——。




 ▼△▼




 翌日。


 ガチで訓練の相手をしなくちゃいけないらしい。


 早朝から騒音みたいな声でアイリスに叩き起こされた。


「おはようございます、ユーグラム様! 今日から鍛錬の時間ですよ!」


 二人の木剣を手にしたアイリスに引きずられていく。


 向かった先は王宮にある訓練場だ。


 そこで寝巻きのままの俺に、彼女は木剣を渡してくる。


「まずは簡単な剣術の指導からお願いします!」


「まだ着替えてすらいないんだが?」


「服はなんでも戦えますよ」


 コイツ……非常識すぎる。


 俺に与えられたのは、顔を隠すための仮面——ではなく、アイリスから貰ったイヤリングだ。


 イヤリングだから穴を空けなくても付けられるし、彼女曰く、「瞳や髪の色を変えられる」らしい。


 実際にこれを付けると、俺の髪は真っ白に。そして瞳の色は青く変わった。


 小説に出てくる便利なアーティファクトだな。


 どういう原理なんだかさっぱりわからん。


「ささ! 剣を構えてください。私の全力をぶつけます!」


「はいはい……もうどうにでもしてくれ」


 アイリスが地面を蹴ってこちらに迫る。


 お互いの木剣が乾いた音を奏でる——。




 ……あ、アイリスのパンツが見えた。




 ▼△▼




 アイリスとの苦行——否、楽しい訓練の日々は一週間も続いた。


 その間、俺がひたすらに「休みをくれー! ブラックはんたーい!」と言い続けた結果、ようやく休日をもぎ取ることができた。


 それでも早朝の訓練には拉致られる。


 おたくの子、どういう教育してんの? と国王陛下に訊いてみたところ、


『アイリスはそれはもう逞しく育って……』


 と子供自慢された。


 超どうでもいいからスルーする。


 ちなみにこの時、勝手に国王の寝室に忍び込んだため、あとで衛兵にバレてアイリスにクソ怒られた。


 あわや独房行きを国王陛下が止めてくれたので良い人だ。


 そんなこんなで俺は着替えて街に繰り出す。


 アイリスがくれたアーティファクトのおかげで仮面を付ける必要はない。


 だが、念には念を入れて、顔割れ防止のための仮面は付けた。




「ユーグラム様、くれぐれもおかしな行動はしないように。あなたの常識はここでは非常識です」


「俺は君のペットか何か!? でも、その悪態もなかなか気に入ってきたよ。つうか一緒にデートしてくれないの?」


「デッ!? ……わ、私は仕事があるので! 最近、何やら王都近隣の森が騒がしくて、その調査報告書を読まないといけません」


 そう言って彼女はずんずんとどこかへ消えていった。


「ははっ。相変わらず反応が初心で可愛いね」


 しょうがない。俺は俺で勝手に動くことにしよう。


 まだ原作のストーリーは始まったばかりだ。


 俺の前世の記憶によると、恐らくそろそろ怪しい連中がこそこそと動き出す。


 王都の観光がてら、そいつらでも潰しに行くか。


 スキップしながら大通りへ。


 るんるん気分で呟いた。




「潰そう~、潰そう~、暗殺者ギルド~」




———————————

あとがき。


アイリス「(デートなんて恥ずかしいぃぃぃ!)」

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