第3話 不審者、そして討伐

 王都近隣の森の中、俺は原作主人公アイリスを見つける。


 あの特徴的な白い髪に、世界にたった二人しかいない金色の瞳は間違えようがなかった。




 ユーグラムと対を成す存在——アイリス・ルーン・アルドノア第二王女。


 正義感の塊のような人物で、どんな人間にも基本的に優しい善人だ。


 鬼畜、畜生、外道、ゴミ、カスのユーグラムとは雲泥の差である。




「うーん……さすが主人公。イラストの時点で最高だったが、リアルで見ると余計可愛いな」


 茂みのそばでジッと魔物と戦うアイリスを眺めた。


 アイリスは美少女だ。かけねなしの美少女だ。


 もしユーグラムの野郎が悪役じゃなかったら、ユーグラムも絶世の美男なのでお似合いである。


 だが俺は悪役だ。ラスボスだ。


 その全てがアイリスとの関係を破綻させる。


 今はラスボスとか関係ない状態ではあるが、果たして身分を明かして斬られない保障はあるのかな?


 個人的にはゼロである。俺だったら怪しすぎて斬る。


「むむむ……難題だな。かと言ってへらへら媚び繕っても怪しさは消えない。むしろ増えるまである。……いっそ、全裸で無抵抗アピールでもするか?」


 思考がやや斜め上のほうに飛んでいく。


 俺は迷走していた。


 しかし、答えが出るより先に、アイリスに見つかるほうが早かった。


 彼女は急にバッとこちらを向く。


「——誰ですか、そこにいるのは! 出てきてください!」


「びっく——ん!」


 思わず体が跳ねた。口から効果音が出る。


 え? マジで? マジで見つかってるパターン? これ。


 気配はちゃんと消してたはずなのに、彼女敏感すぎないか?


 まずいな……ここで逃げ出したら仮面と服装を覚えられる。


 かと言ってだんまりを決め込むと不審者だ。無用な警戒心を与える。


 だが、俺はもともと人見知りするタイプなんだ!


 いきなり出てこいと言われても……。


「出てきてもらえないのでしたら、強硬手段に出ます」


「はーい! こんにちは皆さん!」


 バッ!


 俺は勢いよくその場から立ち上がった。


 茂みの中から怪しい仮面の男が参上する。




 それにしたって彼女、意外と脳筋みたいなんだけど???


 結論を出すのが早すぎる。有能な証拠だ。


「……誰ですか、あなた」


「怪しい者ではありません」


「見るからに怪しいでしょう」


「え……」


 ひ、酷い!


 ちょっと夜の背景に溶け込めるよう黒い装いなのと、適当に持ってきた仮面付けてるだけなのに!


 ……まあ、多少は怪しいっていうのは認めましょう。


「いや、ほんとに怪しい者ではないんです。ただの迷子です」


「余計怪しいです」


「どうしろって言うんだい」


 何を言っても怪しくなるじゃないか。そうですよね!


「仮面を取ってください。それがなければもっと話しやすくなりますよ」


「ほほう……着眼点は素晴らしいな。だが、断る!」


「拘束します」


「ウソウソウソ! ただの冗談だって! 短気だねぇ、君」


「むしろこの状況であなたは図太すぎませんか?」


「ラスボスだからね」


「らすぼす?」


「ああいや、こっちの話。なんでもない」


 ささっと首を左右に振る。余計な情報を与えてしまった。


「けど、仮面は外せない。君ひとりに見せるなら問題ないよ。近くこれる? もちろん武器は外すから」


 ぽとり。


 腰に下げていた剣を鞘ごと落とす。


 両手を上げて降参のポーズも忘れない。


「……いいでしょう。何か秘密があるなら私が対処します」


 ずいぶん自信があるのか、明らかに怪しい俺の提案をアイリスは呑んだ。


 鋭い目つきでこちらを睨みながら歩み寄る。


 その距離が徐々に縮まっていき——、


「あっ」


 半分を超えたところで、急に彼女が血相を変える。


 同時に、俺の背後から雄叫びが聞こえた。


 ちらりと後ろを確認すると、俺の後ろに大きな人型の魔物が立っていた。


 オークだ。


 醜い豚人間みたいな魔物。


 その巨体に見合った怪力が自慢の生き物だ。


 手にした極太の棍棒を振り上げる。


 狙いは当然、俺の頭上。


「危ない! 避けて!」


 アイリスが叫ぶ。


 その直後、オークは棍棒を振り下ろした。


 魔力を練りあげて防御する。


 しかし、相手の棍棒が俺に当たることはなかった。


 目の前にアイリスが割り込んでくる。


 彼女は剣を横に構えてオークの攻撃を受け止めた。


 凄まじい衝撃を受けて地面が割れる。


「ぐっ! うぅ……!」


 彼女は、まだ物語序盤に相応しい能力しか持っていない。


 オークの攻撃を正面から受ければ、膂力の差で苦しくなる。


 それを覚悟の上で俺を守ってくれたのだ。


「あ、なた……! 早く、逃げて……!」


「アイリス……」


 彼女は苦しそうにオークの攻撃をガードし続けている。


 そこへ、オークは更なる攻撃を加えた。


 棍棒を持っていないほうの左手で、アイリスを殴ろうとする。


 拳が彼女に迫った。防御を止めないと攻撃が当たる。


 刹那の時間、彼女は逡巡して——防御体勢を解かなかった。


 俺はくすりと笑う。


「——やっぱり、お前はそういう人間だよな」


「え?」


 ドンッ!


 鈍い音が響く。


 オークの拳が、何かに当たったときの音だ。


 けれど、当たったのはアイリスじゃない。




 ——俺の手のひらだ。




 一歩前に踏み出し、オークの一撃をで止めた。


 魔力による強化を使えばこれくらいは簡単だ。


 さらに足腰に力を込めてオークを後ろに吹き飛ばす。


 膂力が負けたオークが、ふわりと体を一瞬だけ浮かせて倒れた。


「い、いま……何を……」


「ただの魔法さ。誰でも使える魔法。身体能力を強化すれば、あんなデカブツ……」


 地面に落としていた剣を拾う。


 鞘から剣身を抜き放ち、地面を蹴ってオークに迫る。


「ただの的だな!」


 振り上げた剣を真っ直ぐにオークの体へ振り下ろした。


 それだけでオークの体が両断される。


 大量の鮮血を流して魔物は絶命した。


「この通り、ね」


 呆然とこちらを見つめるアイリスに、親指を立てる。


 今の俺ってばちょっとカッコいい?




———————————

あとがき。


不審者認定されるユーグラムくん!

彼はこのまま恩を着せられるのか⁉︎

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