第11話 これが僕の日常

「それで分かったのか」


 隣町の能力者は、こちらの問いを両手で止めた。


「待て待て、アンタの近況が先だ」


 あのあきれた子ども能力者の話をした。


「そうか、日常を守りたいか」

 少し笑う能力者の態度を不愉快に思った。


「悪い。不愉快にさせるとは思わなかった。それで前の女の子の話だが、養子縁組ようしえんぐみをして、楽しく暮らしているようだ」


「本当か?」


「写真を見るかい?」

 念の為、写真を見た。確かに琴乃がこの辺では見ないジャージを着て楽しそうに写真に写っている。


「でも、どうして」


「君が守りたい日常というのはこういうものだろう? ティッシュは必要かな?」


「もう三十分経つぞ」


「私にはもっと態度を軟化なんかさせてもいいと思うが、君は変わらないな」


 僕はサッと上着を取り、立ち上がった。


「五千円だろ」


「受付で渡してくれ、今日はこの辺は大荒れらしい。敵性感知で辛いだろうが、バスで帰った方がいい」


 僕は少し左後ろに視線を投げた。右手を振る能力者にありがとうと言って部屋を出た。


 きっとここだけではないのだが、帰りのバスは大幅に遅れていた。敵性感知で苦しかったが、それに比べたら道で滑る方が悲しい。


 求めるバスはほとんどが運休し、タクシー乗り場もいっぱいだった。やはり歩いて帰ろう。


 寒くはあったが、あんなところで敵性感知を受けながら、待つのはもっと苦痛だ。

 なぜあの能力者は僕が日常を守る為の能力だと言ったら、笑ったのだろう。


 じゃないとこの能力が発現することも無かったはずだ。歩いて二十分は近所らしいから、うちまで三十分も近所だろう。


 敵性を隠した方が良さそうだ。僕の自宅はやや敵性が大きい。多いのでは無い、大きいのだ。いつか新聞屋を迎えた門を超え、扉を開けると老女の泣く声と大声で誰かを呼ぶ男のうなり声。


「帰ってきたかい。聞いておくれよ、おじいちゃんが暴れおるんよ。アンタがオムツを変えておくれ」


「分かった」


「チカは帰ってすぐに奥へ行った」

 母さんは部屋に逃げたか、敵性が出そうになる。抑えなくてはいけない。


 僕の日常は喫茶店で店員の笑顔を見に行くでも、父方の従姉妹とドライブをする為でも、新聞屋と学校の教師とバトルをする為でも清掃員や琴乃と会うのが日常では無い。


 僕は成人男性でも無職でも病気療養中でも無い。地獄を毎日味わっている子どもだ。


 この地獄を耐えるのが僕の日常だ。

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