第18話 悪女

 三年前の冬、エドワードとアリエッタが次の春に結婚すると発表した翌日にアリエッタは行方不明になった。


 エドワードがアリエッタを襲ったことが原因での失踪。

 

 アリエッタが失踪した理由を両親に問われたエドワードは正直に話し、項垂れる息子にアネットは泣き崩れ、ローランドは親友の忘れ形見に無体を強いたエドワードを思いきり殴りつけた。


 ローランドは信頼のできる部下にアリエッタを探すように命じたが、姿を消して半日も経っていないのにアリエッタは見つからなかった。


 捜索開始から二週間経ち、ローランドはエドワードに”アリエッタ”と結婚するように言いつけた。

 もちろんアリエッタの了承も取らずに結婚をすることにエドワードは抵抗したが、アリエッタの身の安全を図るために必要だと言われて折れた。


 アリエッタが国でも有数の資産家であり、彼女の産んだ子どもがヴァルモント伯爵になる。

 そんな彼女を狙う者は多くいたから、行方知れずで無防備な状態でいると露見することは危険だと判断された。


 別に式を挙げなくても結婚はできる。

 エドワードは”アリエッタ”と籍だけ入れて、彼女は体調を崩して領で治療に専念させたいと触れまわった。


 こうして”アリエッタ”は療養を理由に社交界から離れたが、貴族の義務として年に数回の王家主催の夜会だけは出席しなくてはいけなかった。

 王家主催の夜会は貴族が王族に忠誠を誓う意味もあり、莫大な資産を持つヴァルモントの爵位を繋ぐアリエッタが欠席することはできなかった。


 だからこそエリザベスという代役が必要だった。


 エドワードたちはエリザベスを公爵邸の裏山にある山小屋で暮らさせて、信用できる使用人たちに監視させた。


 そして問題の夜会の一カ月前にエリザベスを山小屋から王都校外の宿場町に移動させ、その後ウィンソー領の領都から来たと見せかけた馬車に乗せて公爵邸入りさせる。

 そして夜会を終えると、逆の手順でエリザベスを山小屋に送り返すのだった。


 いつだったか侍女たちがアリエッタの部屋の前で語ったこと。


 エドワードが”アリエッタ”に冷たかったことも、”アリエッタ”がこの公爵邸に最低限の期間しか滞在しないと語った裏側にはこういった事情があったのだった。


 ***


「アリエッタが見つかった以上、偽物はもう必要ない」

「……ニセモノ」


「ここから出て好きなところに行くといい……と言いたいが、あることないこと吹聴されても困るので君にはテクノヴァルに行ってもらう」


「テクノヴァル、ですか?」

「テクノヴァルのオークシャー伯爵が後妻を探していてね」


 『伯爵』という名前にエリザベスの目が光ったのを見逃さず、エドワードは満足気に口の端をあげる。


 オークシャー伯爵は仕事ができる人間で領主での評判も悪くなく、欠点といえば「若い女性が好き」という所があげられる。

 これについては後継者が常に問題になる貴族なら大きな欠点ではないのだが。


「一人で異国に嫁ぐのは不安だろうから、御母上も一緒にお嫁入りだ。彼女は彼の息子の、こちらも後妻になるな」

「……え?母も一緒って、母が伯爵の息子の後妻って……伯爵はお幾つなのですか?」


「今年で五十、いや五十二歳だったかな。あの国は科学が発達しているから医療も底上げされていて大陸一の長寿国だ。伯爵の末の子は二歳というから、運がよければ子も授かれるかもしれないな」


「む、息子は?息子のほうは何歳なんですか?」

「三十代半ばで、彼は年上の女性が好きなんだ」


 オークシャー伯爵の息子は若い女性が好きな恋多き父親の影響で常に母親が十代~二十代前半という環境で育ったため、彼は年齢が上の女性を好み、最初の妻も自分の母親と言ってもおかしくない年齢の女性だった。


「イ、イヤです」


「あなたに拒否権はないの……それに、砂漠の姫に”勘違い”で殺されるよりはいいと思うがわ」


 騎士団から報告を受けていたため、ずっと黙っていたアネットがここでようやく口を開いた。


「山小屋を監視していた使用人が数名、気絶した状態で発見されたわ。エリザベス、あなたがここに来れたのは騎士団の人手不足かと思ったけれど、命を狙われているみたいね」


 アネットの言葉にエリザベスは「ヒッ」と悲鳴を上げた。

 一方でエドワードは母親の言葉の意味を理解した。


「ユリアナ皇女はお前を自分の恋人の浮気相手だと勘違いしたってことか。家族との手紙のやりとりくらいはと許したことが裏目に出たな」

「裏山が公爵家の土地だと知っている人は王都でも少ないし、エリザベスは外国に嫁いだということになっているから皇女が勘違いするのは仕方がないでしょうね」


 「な、なんのことを言っているの」と震えるエリザベスの姿に、母と息子は顔を見合わせる。


「もしかして新聞も読んでいないの?」

「そういえば、お前はリチャードのことも知らなかったな」


「全く……アリエットの真似をするならそのくらいの教養はつけておくようにと言ったのに……まあ、もう遅いからどうでもいいけれど」

「本当にどうでもいいですね」


 二人の突き放した物言いにエリザベスは唖然としたものの、『リチャード』という名前がさっきも出たことを思い出した。


「そのリチャードとは何者なのです?」

「お前には関係ないと言いたいが、お前たちが俺とアリエッタを貶めてでも欲しかったものがもう手に入らないと教えておかないとな」


 アリエッタを貶めても欲しかったもの。

 それはアリエッタが持つヴァルモント伯爵の継承権と莫大な資産。


「リチャードは俺とアリエッタの息子だ。次期ヴァルモント伯爵、そして未来のウィンソー公爵。そしてヴァルソーの資産を受け継ぐ正統な後継者だ」



 エドワードの言葉に、エリザベスの表情が劇的に変わったと思うと、アリエッタの名前を呪詛のように呟き始めた。


「なんで、なんであの女ばかり。あの女ばかりずるい、ずるい、ずるい!!わたしだって『アリエッタ』になれるのよ。私だってヴァルモント伯爵家の血をひいているんだから!!それなのに、なんで私は男爵令嬢なの?なんで私はお金持ちじゃないの?」

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