第17話 悪女
アリエッタの悲鳴は屋敷中に響き渡り、休みの者が多いため普段よりは少ないが、多くの使用人や護衛騎士が庭に走ってきた。
「あ…あの……」
この事態に何もできずにいたラーラが恐る恐るエドワードに声を掛ける。
そんな彼女にエドワードは怒りをぶつけたくなったが、この事態を招いたのは自分だと分かっていたのでグッと耐える。
怒りに身を任せて浅慮な判断はしてはいけない。
「無理をいってすまなかった……ハリーにアリエッタの部屋に来るように伝えてくれ」
「わ、分かりました!」
明確な指示に頷いたラーラが走り出すと、エドワードは集まってきた騎士にエリザベスを拘束して客間に捕えるように指示する。
「エドワード様!」
両側を騎士に立たれたエリザベスは抗議の声をエドワードに向けたが、エドワードは無視した。
エリザベスを放っておくことはしないが、アリエッタを部屋に寝かせて医者に診せるほうが先だった。
アリエッタを抱き上げて部屋に向かう。
エドワードがアリエッタの部屋の前につくのと、ラーラがハリーを連れて部屋にやってくるのは同時だった。
ハリーはアリエッタをベッドに寝かせるよう、エドワードに指示し、診察カバンを開いて必要な物を取り出す。
診察はほんの数分で終わった。
「話は侍女からも聞いております……おそらく、ショックで気を失われたのでしょう。エドワード様……この前は命の心配があったので同席を許しましたが、今回は許可できません」
「……ハリー」
「私たちは分かっています、エドワード様も奸計の被害者です。でも……大変言い辛いのですが、アリエッタ様にとってエドワード様は加害者です」
”加害者”と言われたエドワードは俯くと唇を強く噛み、体の中で荒れ狂う感情を必死に抑え込んで立ち上がる。
そして戸口に立ってこちらをみているトーリに気づいた。
「トーリ、リチャードは?」
「ちょうどお昼寝の時間だったので、坊ちゃまは騒ぎを知りません」
「それはよかったが……彼女はリチャードに対してどんな反応をするのだろうか」
自分を襲った男によく似た子どもなどアリエッタにとっては苦痛でしかないのでは?
そう問うエドワードの自信なさげな顔にトーリはため息を吐く。
「それは誰にも分かりません。ただ、万が一のとき、エドワード様はリチャード様の心を守らなければいけません。ほら、しっかりなさいませ!」
バンッと強く背中を叩かれて、幼い頃に尻込みする自分を叱咤する乳母の姿を思い出す。
あれから二十年以上経ったが、トーリにはまだ敵わないとエドワードは思った。
***
「エド!エドワード!」
アリエッタの部屋を出て、エリザベスを閉じ込めた客間の前でエドワードは母アネットと出くわした。
招かれていたお茶会から戻ったばかりで、そのまま来たのだろう。
騒ぎを聞き、外出着のまま着替えることなくここに来たのだとエドワードは察する。
「母上、ゆるふわ天然系の仮面がはがれていますよ」
「そんな事態ではないでしょう、あの阿婆擦れはどこにいるの?」
エドワードの母アネットは外では天真爛漫な貴婦人を装っているが、本性は女剣闘士である。
「逃げられると面倒なので黒ダリヤの間に入れました。山小屋の害虫駆除を依頼した業者が明後日来ますので、このまま入れておこうと思います」
「それはいいわね。警備が手薄になった理由は騎士団に聞くとしても、おそらくは結婚ブームが原因の人手不足でしょうね。アリエッタは、……思い出したの?」
「……おそらく。完全ではないかもしれませんが……」
アリエッタの恐怖に満ちた悲鳴を思い出し、エドワードは唇を噛む。
そんなエドワードの沈痛な面持ちにアネットは顔を歪め、一つため息を吐くと息子の肩をポンッと叩いた。
「しっかりしなさい。ずっと……黙ったままではいられないと分かっていたはずでしょう。踏ん張りなさい、あの子はここまで一人で全てを背負ってきたのよ」
母の言葉にエドワードはハッとし、気合を入れる。
「どうしよう」と悩む時間は三年もあった、しかもその三年間、エドワードの傍には頼りになる両親や使用人たちがいた。
「不甲斐ないところを見せました、もう大丈夫です」
「それじゃあ、行くわよ」
二人の騎士が守る扉をあけさせると、部屋の中にいた騎士が「どうぞ」とエドワードたちを招き入れた瞬間、
「エドワード様、やっぱり来てくださったのね」
パッと笑みを浮かべて立ち上がったエリザベスだったが、隣に立っていた女性騎士がカチンッと剣を鳴らしたため動きをとめる。
途端にエリザベスは不満そうに口をとがらせる。
「エドワード様、どういうことか説明していただけませんか?なぜアリエッタがここにいるのです?」
「おかしなことを言うな。俺がアリエッタを探していたことは君がよく知っているはずだ」
エドワードの冷たい声にエリザベスは一瞬臆したが、「でも」と反論する。
「エドワード様には私がいるではありませんか」
「何度も言ったはずだ、俺の妻は“アリエッタ”だけ。お前は代役にしか過ぎない」
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