第五章 ホワイトアイズ

第51話

 僕がおかしらから聞いた、──世界の真実。

 

 


 この世界最大のタブー。

 例え枯渇人になったとしても、魔力は回復するのだ。世界を統治する王国はそれをひた隠しにしている。──何故か?

 


 魔力を有限とし、世界を牛耳るためだ。

 魔力が回復しなければ、人々は魔力の使用を控える。経済、軍事力、ありとあらゆる方面の成長を妨げることが出来る。

 そして枯渇人を作ることで、奴隷階級を生み出し欲望を押さえ込む。王国に刃向かう者はいなくなる。


 一方で、世界の真実を知る政府のみが、莫大な富と権力を独り占めにすることが出来る。

 人々の魔力を抑制して世界をコントロールしているのだ。

 


 政府が密造する──魔力を回復させるアイテム。

 魔力の雫マジックヒールとは、魔力を込めた涙のことだ。


 涙を流すだけで誰でも簡単に生成することが出来る。使用方法は点眼。政府はそれを隠蔽し、極秘に製造している。


 民間人の製造や使用が見つかれば厳重な処罰が下される。最も重いとされる罪、「親族皆殺し」が言い渡される。眼球をくり抜かれた生首が見せしめとして、市中にさらされることになる。


 

 ──僕の家族はその不条理きわまりない政府の画策によって、皆殺しにされたのだ──。


 五人兄弟の末っ子として生まれた僕の父は冒険者だった。Sランク冒険者だった父の稼ぎは良く、裕福な暮らしを送っていた。

 しかし落とし穴が待っていた。高額報酬のクエストをこなすには魔力が欠かせない。父の魔力は底を着きかけていた。


 最初は母からだった。母は魔力を込めた涙を父に分け与えた。父はその魔力で冒険者稼業を続けた。

 魔力が少なくなれば、次は一番上の兄。次に姉。幼かった僕は後回しにされた。

 そんな生活が続いた。自転車操業だった。母や兄姉きょうだいたちが枯渇人寸前にまでなると、順番が僕に回ってきた。生活していくためには仕方がなかった。僕はまず、皆に習い、保有魔力の半分を父に与えた。


 そこで、衛兵による家宅捜査が入る──。

 いつまでも魔力が減らない父を不審に思った冒険者仲間が密告したらしい。現行犯だった。


 魔力残量がある僕を除いて、家族はその場で処刑された。目の前で繰り広げられたおぞましい光景。僕はどうすることも出来なかった。部屋の隅にうずくまり、震える身体を壁に押し付けていた。

 家族の死を嘆く暇もなく、腕を掴まれた僕はそのまま衛兵に連行された。あまりの恐怖に今となっては、その時の感情を何も思い出せない。心がすべてを拒絶していた。

 


 後で聞いた話では、僕は政府が極秘に運営する施設に連行される予定だったらしい。首謀者の父と魔力残量の少ない家族は殺処分。僕はその施設で王国のための魔力の雫マジックヒール製造の資源として活用される算段だった。

 


 しかし僕はそこで、おかしらによって救われた──。


 お頭は一太刀で衛兵を灼き払い、僕を救出した。わけが分からないままお頭に連れられて行くと、僕と同じような境遇の人間が何人もいた。

 彼らは自分達のことをホワイトアイズと名乗った。


 僕は彼らと共にお頭のもとで武術を学んだ。ホワイトアイズの目的は、国家の策謀を阻止すること。犠牲者を救済し、国家の転覆を狙う。そのために軍事力を強化する必要があった。

 僕らは強くなるしかなかった。魔力残量が半分しかない僕は武力を鍛えあげるしかない。早くお頭のためになりたいと必死だった。強くなって王国を滅ぼしてやる。日々の鍛錬が──復讐の念を増長させていた。あの日の惨劇を僕は決して忘れない──。

 


 

 そんなある日、お頭が僕を呼びつけた。いや、自分のことを僕と呼ぶには、もう抵抗がある。ホワイトアイズに来てから十年が経つ。幼かった僕は成人を迎え、今やホワイトアイズの立派な一員だ。俺と呼ぶのが相応しいだろう。だらしのなかった身体も引き締まり屈強な戦士となった。


「キンホー、ちょっとこっちに来い。いい物が手に入ったぞ」


「おおっ! これは先日の戦利品ですなっ!」

 お頭の手に握られた物は、重厚な大剣だった。

「お前、これを扱えるか?」

 ホワイトアイズは名のある武器を掻き集めていた。そして適合者を探す。


「さあ、どうですかね? 武器次第ってことですからねぇ。お気に召して貰えるといいですが……」

 そう言って俺は、自慢の上腕二頭筋をアピールするようにポージングを決めてみせた。


「バカなことやってないで、さっさと試せ!」

「ちょっと待ってくださいよ、お頭。まだ胸筋と広背筋のアピールが出来てませんからっ!」


 俺はお頭の冷たい視線を押しのけ、筋肉を膨張させる為にパンプアップを始めた。女性を口説くために準備を怠ってはいけない。100%の状態で挑まなければ、相手に失礼ってものだ。


「お前、見かけによらず小心者だな」

「お頭、女性は筋肉が大好きなんですぜ? 筋肉をバカにする者、女を抱けずとはよく言うじゃないですか?」

「聞いたことねぇーよ」

 お頭が呆れるなか、俺は黙々と腕立て伏せを続けた。身体が火照り、頭部の毛穴がジワリと開く。にじみ出た汗が額から滴り、ぽたんと床に落ちた。


「もういいんじゃねぇーの?」

「まだまだですっ!」

 床には垂れ落ちた汗が重なり、大きな水溜りを作っていた。


「ふんふんふんふんっっ!」


 お頭が退屈そうにあくびを一つ。

 それを無視する俺。

 お頭は足をテーブルに乗せ、もたれ掛かった椅子をゆりかごのように揺らしていた。

 チラリと視線を動かすと、怪訝なお頭の視線とかち合い、即座に逸らす。


「ふんふんふんふんふんふんふんふんっっ!」


「……あれ? ……お前ひょっとしてビビってるっ?」

「な、何を言ってるんですかっ! 変なこと言うのはやめてくださいよっ!」

 俺の腕立て伏せが速度を増した。


「いや、お前、絶対にビビってるだろ!」

 ──図星だった。俺は女性経験がない。世の為、人の為、世界を変える為。それを訓示に己れの武力を磨くためだけに人生を捧げてきたのだ。

 今さらオナゴなんて……。


「もういいや、お前、最後なっ! おーい誰かいるかぁー?」


 お頭の投げやりな言葉に、


「ちょっと待ったぁああああああっーーーー‼」

 俺は直立不動で耳に貼り付けた片腕を天に掲げ、声を張り上げた。


 小生しょうせいに与えられた千載一遇のチャンス。みすみすのがすわけにはいかない。

 オナゴ、オナゴ、オナゴ、オナゴ、オナゴ、オナゴ。目が血走り、熱い鼻息が噴射する。


「おっ、おっ、お頭、準備オッケーですっ! い、今すぐヤラせて下さいっ!」


「なんかお前、気持ちわりぃーな! がっつく男は嫌われるぞ!」


 お頭がチラつかせる大剣を前に下半身がうずき、口元が緩む。


「……お前なんで、胸を揉むみたいに指を動かしてんの?」


「……はいっ?」

 気づけば俺の両手は無意識のうちに虚空をモミモミしていた。

「こ、これは関節のウォーミングアップですっ!」

 苦し紛れの言い訳を搾り出し、瞬時に両手を背後に回す。


「だからオンナ知らねぇーヤツは嫌なんだよ!」

 興奮していた俺は、お頭の険しい表情に冷静さを取り戻し、自分の頬をピシャリと叩いた。


 ──落ち着け、俺。チャンスと言っても剣に選ばれることはまれ。ホワイトアイズでも名のある武器の所有者は数名しかいない。

 それにこの大剣もすでに幹部の方々が試されてダメだった代物。例え俺がフラれたとしても恥じることはない。正々堂々と当たって砕ければよい。


 意を決して、

 ふうーー、と大きく息を押し出す。


「お、俺でよければ……、お、お願いしまぁああーーーーすっっっ‼」


 俺はまぶたを噛み締めるようにぎゅっと閉じてから深々と頭を下げ、両手を前方に差し出した。


「ほれっ」

 お頭が粗雑に大剣を俺に向かって放り投げる。右手と左手で何度かお手玉しながら、慌てて大剣を掴みとる。


 そしてそのまま──、突然起きた風圧で尻もちをついた。


「ビンゴォーッ!」

 お頭が指先で銃を作って俺を射抜いた。俺の目がパチクリとしばたく。


 ──真向かいには、とてつもない絶世の美女が立っていた。


「サモアン・キンホー。今日からサモアと名乗れ。ホワイトアイズでのコードネームはサモアだ。お前がこいつの所有者だ!」


 お頭が立ち上がると同時に、絶世の美女が、

「主人の名はサモアね。私はクレイ・モア。これから長いお付き合いになると思いますが、よろしくお願い致します」と、礼儀正しく頭を下げた。


「こ、こ、こ、こちらこそ、よ、よ、よろしくお願い申し上げますでございます」


 美女の敬語が伝染して、俺の言葉使いがおかしくなっていた。

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