第50話

 俺は幼い我が身を案じて、異様な光景に目をすがめた。不信感を隠すことなく、軽蔑の眼差しで家族を見つめていると、クロノと視線がぶつかる。

 直線的な視線に思わず体が硬直する。

 漆黒眼の美女。親父以外に、唯一、俺と同じ眼を持つ存在。推し量るような神秘的な光に漠然とした不安がよぎった。

 

 なんだこの感覚。敵意でも魅惑でもない。焦点は俺を見据えているが、もっとずっと先にある何かを捉えているような視線。霊感? そうだ、クラスにいた根暗な霊感女子に似ている。もしかしてこいつには、──俺の何かがえている?


「あのね、……これが男の子で、こっちが女の子だよ」

 俺がクロノの出方を伺っていると、何を勘違いしたのかクロノは先程地面に描いた絵の説明を始めた。


 いやいやいやっ! 

 落書きの説明は求めてませんからっ!


 園児ほどの画力で描かれた男女二人の絵は仲良く手を繋いでいた。

「それで、……これがおっぱいで、こっちがおちんちん」

 だから求めてねぇーよっ‼

 だぁああっーー‼ やっぱり違うっ‼ 

 ドSの不思議系天然美女。変態親父が生み出した、マニアックな理想像。それがこいつの正体だ。

 俺はその存在に脱力のあまり、たっぷりと深い息を吐き捨てた。


 一体、俺は今まで何を悩んでいたのだろうか⁉

 枯渇人の街で生まれ、両親に捨てられたことに負い目を感じて生きてきた。

 それをすべて覆された。捨てられたわけではなく、守られた。そして両親は枯渇人でも奴隷でもなく、ただの変態だった──。


 両親の容姿や幼な子の俺から推測するに、おそらくこの世界は、俺がいた世界から十数年前の並列世界。

 このあと、俺は養護施設に預けられることになる。俺の記憶と一致する。

 ──にしてもだ。

 想像を絶する家庭環境。これが平和ボケした日本ならば、やさぐれたとしても致し方ない。

 それに極めつけは、俺が魔王を討伐しなければならない、──だって、、、


 待て待て待て待て!

 そんなの無理に決まっている!


 俺の人生の目的は女性にモテること。ただそれだけを考えて生きてきた下世話な人間だ。

 魔王討伐などという大役が務まるはずがない。

 親父から告げられたあまりにも重い天命に、俺は顔を手で覆い臆するように肩を落とした。


 前世の頃から俺は無責任な人間だった。責任って奴が大嫌いだった。めんどくさいことは他人に押し付ければよい。学級委員や部活動のキャプテン。人をまとめることや、人の上に立つことを拒絶して生きてきた。だからこそ、世界の片隅でひっそりハーレム生活を送ることを望んで転生したのだ。悠々自適な自由気ままな生活。それが俺の切望する人生だ。それがなぜ?


「世界で一番モテる男」とは、世界で一番、人のために生きる男なのか? 因果律。モテるとは希望や感謝への対価なのか? 

 畜生、モテる理由なんていらねぇーんだよ。

 クソ女神がっ‼


「冥府に存在する魔王の姿は、この世では王剣ラグナロクと呼ばれている。お前の使命はラグナロクを破壊することだ」

「王剣ラグナロク⁉」

 その響きに耳を疑う。ラグナロクとは、終焉の魔剣。世界を破滅させる力を持つと囁かれる邪悪な代物。それが王剣だって⁉ なぜそんな物騒な魔剣を王が所持しているっ⁉  やはり、王が魔王⁇

 ちょっと待ってくれ! だとしても今の俺ではラグナロクを破壊するどころか、王に近づくことさえ容易ではない。この世界では名もなき一介の冒険者にすぎない。


 ──一体どうすれば⁇

「おとうさま、お任せくださいっ! エクスがラグナロクをボコボコにしてあげますからっ!」

「いえいえ、おとうさま、ラグナロクをボコボコにするのはカリバーですからっ!」

 またもや超プラス思考の天然美女がやり合っている。

 てか、お前らはまず仲良くしなさいっ! 

 ──話はそれからだっ‼

 うん? 待てよ?

 右眼が白眼だった俺には聖剣エクスカリバーを扱うことが出来なかった。

 剣のエクスは柄を握れば、

「いゃあ〜〜んご主人様っ、そんなにニギニギされると、もうエクスカリバー!」と言ってモジモジするし、鞘のカリバーも同様に、刀身の挿入部に指を差し込むと、

「いゃあ〜〜んご主人様っ、そんなにシュポシュポされると、もうエクスカリバー!」と言って身悶えた。

 親父とクロノトリガーとの話を照合すれば符牒ふちょうが合う。蒼白眼を取り戻した今の俺にはエクスカリバーのメタモルフォーゼが使えるはず……。聖剣エクスカリバーの魔力って一体……。歴史から抹殺された蒼白眼の力は未だ明かされてはいない。


 はて? はてはて?

 そう思った矢先、脳裏に「蒼白眼狩り」という言葉が殴りつけられた。身震いを覚えた俺はすぐさま右眼に眼帯をあて直し、ゴクリと喉を鳴らす。


「まずはホワイトアイズを訪ねよ。きっと力になってくれるはずだ!」

 胸中を察した親父が鼻息を荒くして言い放った。

 ホワイトアイズ⁉︎

 その言葉に戦慄が走る。

 ホワイトアイズと言えば、悪名高きテロリスト集団だ。元いた世界でも王国の転覆を狙う反乱組織としてその名を轟かせていた。

 凶悪極まりない犯罪組織を訪ねよ──、だって⁉ ──そうか、王が魔王だとしたら理に適う。すべてが逆なのだ。


「王国は欲望を操り、恐怖で世界を支配している。傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。それらすべてをつかさどるのが金色眼の魔力。このまま野放しにしておくわけにはいかない。頼んだぞ坊主っ! いや、時に選ばれし英雄よ!」

 

 そんなに簡単に言うなよ!

 そうだ親父は? 親父は手伝ってくれないのかよ? 親父だって所有者だろっ⁉

 俺は泣き寝入りするように親父にすがりついた。


「坊主、俺はこいつを守らなければならない」

 そう言って親父は、腕に抱かれた幼な子の俺をあやしてみせた。

 ──そうか、ここは並列世界といっても、俺がいた世界よりも過去。幼な子の俺が命を落とせば、それより未来の並列世界は存在しなくなる。つまり、俺は消滅することになる。


「大丈夫。あなたは魔王を討伐できる」

 クロノが端的に、それでいて射抜くように言った。母が招き猫の手みたいにウンウンと頭を上下に振る。


『『そうですよご主人様っ! 私がついてるじゃないですかっ!』』

 エクスとカリバーが口を揃えて誇らしげに胸を反らした。


 ……いやいや、君たちが一番心配なんですけど……。


 俺は押し寄せる不安を取り除くべく、二人に望みを賭ける。

「ところで、お前たちはメタモルフォーゼってやつを俺に使わせてくれるのかな……?」

 すると二人は、一拍置いてから、


「エクスに挿入されるのは嫌ですわっ!」

「はっ⁉ 私だってカリバーに挿入するのはごめんですわっ!」


『『ご主人様っ、そーいうのはムードが大事なんですっ‼』』


 二人はとびっきりの笑顔で、俺を奈落の底へと突き落としたのだった。


 はぁあ⁉ ムードっ⁇ 挿入っ??

 ……お前らは一体、なんの話をしているんだっ⁉

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