第41話

         *****

 

 ぐぎゃああぁぁぁーーーー‼

 混濁こんだくとする意識を呼び覚ましたのは、足の指を食いちぎられたかのような激痛だった。

「貴族の財産に手をつけるとはいい度胸をしていますね」

 気絶寸前だったオレは再び地獄へと引きずり出された。薄暗い部屋のなかで酷薄な笑みを浮かべるこの男の名をオレは知っていた。双剣の暗殺者。スバールバル・グランデ。貴族御用達の殺し屋だ。


「盗んだ金はどこにあるのですか? 白状すれば楽にしてあげますよ」

 そうしてまたオレの生爪が鋼鉄のペンチによって剥がされる。


 ぐぎゃぎゃあああぁぁーーーー‼

 白状できるものならばとっくにしている。

 オレは下手を打った。

 子供の頃から手先が器用で機転が効いた。なまじ頭が良かったから悪知恵が働いた。

 職人を生業とはしていたが、やがて自我が肥大していき盗人稼業へと手を染めた。

 貴族は裏金を隠し持っている。王家をあざむき国庫に納めるはずの金をちょろまかし蓄えている。決して公にすることのできない金。盗んだとてバレはしない。いや、厳密に言えばバレたとしても表沙汰にはできない。

 俺はそれを狙った。とがめられることはない。そう高をくくっていた。──しかし今回は相手が悪かった。

 盗んだ金はすべて、ギャンブルや娼館に消えた。返せと言われても返せない。羽振りよく豪遊するオレは貴族たちから勘ぐられていた。そしてコイツを仕向けられたのだ。



「も、もう、ねえんだよ……。ぜ、全部使っちまった……」

「往生際が悪いですね」

「ほ、ほんとなんだよ! 信じてくれよ!」

 嘘ではなかった。だが、オレの言葉や真相などに意味は無い。この男は拷問を楽しんでやがる。ただそれだけだった。

 全裸で手足にかせをはめられ、張り付けになっているオレの前で、男が鋭利な刃物に舌を這わせた。びょうが打ち込まれた不気味な舌が生き物かの如くうごめき、ねちゃりとした粘着質を帯びた音がオレの鼓膜に注ぎ込まれる。

 あまりの恐怖に目を伏せた刹那、男はオレの乳首を果実のヘタでも削ぐようにえぐり取った。


 ぐぎゃぎゃぎゃぎゃあぁぁーーーー‼

 自分の声とも分からないほどの絶叫が全身から発せられオレは意識を失った。


 ──ぐばっ!

 オレはどれくらいの時間、気絶していたのだろうか? 考える余地もなかった。目の前には水桶を持った男がクツクツと肩を揺らしている。オレの体からはぶっ掛けられた冷水が滴り、抉られた胸部が強烈な熱を持って現実を突きつけていた。


 ……こ、殺してくれ。

 いっそのことオレを殺してくれ。

 命乞いなどするつもりはない。

 は、早く、……ら、楽にしてくれ……。


「ひょぅーひょっひょっひょっ!」

 すべてを見透かし嘲笑うかのような声が、無情にもオレの望みをかき消した。

 男の手にはハサミが握られていた。

 男はオレの陰茎をさわさわとなぶり、下卑た笑いを浮かべる。

 や、やめてくれ……。

 オレは容易に想像できる迫り来る戦慄に身体が硬直する。パツリ、パツリと陰毛が切り刻まれていった。金属の冷たい質感が肌に触れる度に体がビクつき奥歯を噛み締める。

 尺をとるような動きで男の指が鼠径そけい部から上半身へと歩き、らされた恐怖はまだ現存する片方の乳首の前で止まった。ぐるりと乳輪を旋回した指先は突起物をつまみ、引き伸ばされた乳頭が、パツリと切断される。


 グギャギャギャァアアアーーーー‼

 背骨が砕けるほどの咆哮は魂すらも吐き出し、オレは再び正気を失った。



 ──ぐばっ!!

 もう何度目だ。もう勘弁してくれ。失神する度に頭から冷水を被され、即座に悪夢へと引き戻される。

 死ぬことは怖くない。むしろ死こそが、今のオレへの褒美だ。早く、早く殺してくれ。痛みだけを与え続けられるオレは絶望に打ちひしがれ、死を切望した。神に死を願う。


 ──男のかたわらには二人の全裸の女性が立っていた。一人の女性がニヒルな笑みを浮かべて歩み寄ってくる。腰を横に振った歩様は淫猥いんわいな娼婦のようだった。


 な、なにをするつもりだ??

 息がかかる距離まで詰め寄った女性は、その裸体をオレの身体に合わせ唇を押しつけてきた。口蓋をなぞる舌先が歯列をこじ開け、口内へ侵入すると、吐息の熱と唾液が一緒くたになって埋め込まれた。

 鉛のように重たくなったまぶたが、瞬時に押し上がり瞳孔が開く。女性の肩越しには、もう一人の女性をはべらせた男が好奇の目で果実酒をたしなみ傍観している。


 全裸の女は艶めかしい太腿ふとももでオレの片足を挟み込み、もたれるように身体を這わせた。

 寄せられた艶肌つやはだのしっとりした質感の中に、ふさふさとした陰毛がこすれ、異質な感触が欲望を刺激する。張り付いた乳房の先端に突起する尖った芯が、オレの体をコリコリと転がっていく。

 ぬめり気のある舌が口内をまさぐり終えると、糸をひいて首筋へと移行し耳孔じこうに差し込まれた。


 はふっ!

 生死を彷徨っていたはずのオレは思わず肉悦の声を漏らした。扇情的な舌遣いがとろみを乗せたナイフのようにねっとりと性感帯を辿たどる。

 こともあろうにオレの男根は膨張していた。

「フフフフ」

 耳元で女が囁いた。吐息の熱がもどかしい快感をもたらし、先程まで死を懇願していたオレは暴発しそうなまでに欲情していた。


 鎖骨をなぞっていた女の指先がゆっくりと下がり、硬く張り詰めた幹を撫でさするとオレは安堵した。

 煮えたぎる男根は細くて長い指に包まれ、いきり立った情動をなだめられるかの如く、優しく愛撫される。高熱で寝込んだ幼児の額に手を添える母親のような温もりを感じた。

 

 女を愛おしく想った。見つめられる魅惑的な瞳にすべてを捧げても構わないとさえ思えた。艶美な表情の裏にたたずむはにかみが愛欲を喚起させる。

 湿り気を帯びた唇が綻び、女の顔が視界から消えるや否や、


 うほっ!!

 オレは淫楽に溺れた。手足を拘束され自由を奪われた体は身動きも取れず、ただビクリ、後頭部を壁に押し付けて仰け反り、繋がれた鎖がガシャンと鳴る。オレはいつしか自分の立場を忘れ、天を仰いで纏わりつく快楽に陶酔した。

 一点に凝縮された血潮の塊が、柔らかな粘膜のとぐろに巻かれ吸引される。オレはそれを陽だまりを仰ぐように恍惚と受け入れていたが、卑猥な音に情欲を掻き立てられて視線を落とした。


 筋が通った鼻梁に長いまつ毛を携えた美女がその美しさとは反比例するほど淫乱にすがりついている。ひざまずく女がやがて、上目遣いに視線を突き上げ、直接的な快楽に耐えていたオレは飛び込んできた妖艶な瞳に情欲を鷲掴みされ、一気に吐精感に見舞われた。


 腹筋と肛門に力を入れて堪えるも、ウッと鼻息が漏れる。女がオレの顔をでるように微笑み、肉棒を吐き出すと、寸前のところで踏みとどまった男根は勢い余って跳ね返り、ブルンとヘソまでそそり立った。重くなった睾丸には鈍痛が走り、丹田がジンジンとうずく。


 女はそんな俺を慈悲深く見つめてから、くるりと背を向けて立ち上がった。瑞々みずみずしい肌に枝垂しだれる髪の間から肩甲骨が覗き、くびれたウエストの下には肉付きの良い双丘が艶やかな曲線美を描いている。


 吹きこぼれるばかりの欲棒は、ひと繋ぎの欠片ピースのように自分の在処ありかを知っている。別の生物が呼吸をするかの如く律動を刻み、禍々まがまがしくたけっていた。そしてそれは、──今もなお、背中をみせる女の手に握られている。


 女は振り向きざまに口元を緩めて、美尻をオレに差し出すと、手を添えた肉棒をみずからの中へとねじ込んだ。


 ウッ!

 その豊潤な快楽にオレは思わず目を閉じた。

 彼女の体内は熱を持ち、沁み出た愛涎あいぜんのヌメリがオレを高揚させた。

 彼女も興奮している。オレをほっしている。相思相愛。うるわしい女も所詮は淫らな雌に過ぎない。征服欲とい願われた情欲に、男としての矜持が奮い立った。

 目を開けると、ふくよかな丸みの中に煮えたぎる銃器が埋没している。


 その光景に生唾を飲んだ。後向きに突き出された桃尻は闇夜に浮かぶ惑星とも、もぎたての果実とも見える。

 はち切れんばかりの男根は、帰省した息子のように居心地の良さを謳歌し、安らぎにも似た幸福感を得ていた。しかし、さしたる間も置くことなく密着した双丘はみずかうごめき、ぷにぷにとした弾力をオレの鼠蹊そけい部に打ちつけ始めていた。

 

 手足を拘束されたオレは、自らの意思でなまめかしく動く雌尻と、け反られた背中に浮かぶ肩甲骨を眺め、淫猥いんわいと乱れる雌の姿に優越感を覚えた。彼女の口からよじれた声が漏れ、オレのタガが外れる。


 こぼれた吐息はオレを求めていた。

 身を委ねていたオレは情動のままに、杭打つように腰を突き動かす。彼女の背中がビクンと跳ね上がり、左右の肩甲骨がその幅を詰める。細く伸び上がったウエストに、すぼんだ両肘が脇を絞めて痙攣けいれんするように張り付いた。

 

 もはや我慢する必要はない。オレは剥がされた生爪の痛みや、えぐられた乳首の痛みさえも忘れ、ほとばしる欲望のままに律動を送り込んだ。


 あっ、いいィーーーー!

 うっとりと漏れる彼女の嬌声が、オレの腰つきに呼応してむせび泣くようなよがり声へと変貌した。一直線だった。無我夢中に彼女のよろこびに応え、結合された熱い脈動は互いのオーガズムを求めてぶつかり合う。


 快楽の爆弾が破裂しようとした、その時だった。

 ──彼女の向こう側に、もう一人の女が恍惚とした表情を浮かべて猥声をあげていた。

 オレたちの前に対峙した女は、彼女と同じように尻を突き出して鏡写しの如く体位であえいでいる。


 ──その背後にはオレに拷問をしていたあの男が、卑劣な表情で腰を振っていた。

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