第40話

 カリバーの手に蒼白い光がともる。その手が壊れたエクスカリバーに触れると、砕けた刀身が逆再生のように修復されていく。



「ご主人様ぁ〜〜〜〜!」

「エ、エクス!」

 目の前に銀髪美女が現れた。

 以前と変わらない美しい容姿。

 俺は力の限りエクスを抱きしめた。

 走馬灯のように今までの苦難が頭をよぎる。

 エクスの手が俺の首に回され、暖かい体温と柔らかな感触が体に沁みた。


 よかった……。マジでよかった。

 懐かしいエクスの甘い香りが俺の涙腺を崩壊させた。もう二度と離さない。これからは何があっても必ず守ってみせる。背中に回した手の力を緩め、ゆっくりと腰へと這わせた。

 着衣越しに滑らかな肌の感触が伝わってくる。くびれたウエストを感慨深く撫でながら感動の再会に浸っていると、突然、エクスから野太い声が発せられた。


「……カァー、……リィー、……バァー……!」

 地を這うような重低音。腹底から湧き出る憎悪がエクスの体を震わせていた。

「……あ、おつかれさんですっ!」

 それを受けたカリバーは軽く会釈をしながら、そうとだけ返した。


 はっ? おつかれさんです?

 なんだその社交辞令みたいな挨拶は?

 完全に先輩と距離を取っている後輩みたいじゃないか⁉

 俺は二人のやりとりに良からぬ憶測を抱いた。

 ……まさか、ひょっとして、二人は──?

 待て待て待て待て! 聞いてないぞ、そんな話!



 エクスは常軌を逸した鋭い眼光を飛ばしていた。カリバーはそっぽを向いて視線を逸らしている。

 た、たしかにエクスをすぐに修復しなかったのは、俺たちが悪い。しかしカリバーの言い分も理解できる。永遠に修復しないという選択肢もカリバーにはあったはずだ。にもかかわらず、ちゃんと修復してくれたじゃないかっ!

 なのにどうして?


「カリバー、やってくれたわね!」

「いや、別に何もしてませんけど!」

 ……や、やっぱりだ。

 早く修復する、しないの問題ではない。

 根本的にこの二人は、──仲が悪いのだ。

 二人で聖剣エクスカリバー。

 二人は別人格であっても、同一人物じゃないのかよっ!

 これではまるで不仲なお笑いコンビじゃないかっ!


「久しぶりにやるしかないですね!」

「望むところです!」

 エクスとカリバーは目を吊り上げて、指をポキポキ鳴らし戦闘体勢に入った。

 で、出たぁー! 女同士の決闘!


「0勝0敗99,999引き分け。今日こそ決着をつけましょう!」


 99,999引き分け?

 待て待て待て待て! やめろ、やめろ!

 そのN数、もう結果が出てると同じだろ?

 決闘なんてやる意味ないっ! 勝負の結末は目に見えている。

 引き分けだ。今回も必ず引き分けだっ!

 俺は慌てて二人の間に割って入った。


「喧嘩はやめてくれっ! そうだ! ジャンケンにしろ! ジャンケンにっ!」

『『……ジャンケン?』』

 俺の仲裁に二人はきょとんとした顔を見せた。

「そうだジャンケンだ! 前の世界では勝敗を決める時にはジャンケンを使用するんだ!」

「なるほど面白そうですねっ!」

「いいですわっ! そのジャンケンというヤツで決着をつけましょう」

 ジャンケンの説明を聞き終えた二人は、腕をブンブンと回して意気込んでいる。俺が安堵したのも束の間、


『『ジャンケンポンッ!』』


『『アイコデショッ!』』

『『アイコデショッ!』』

『『アイコデショッ!』』

『『アイコデショッ!』』

『『アイコデショッ!』』

『『アイコデショッ!』』

『『アイコデショッ!』』

『『アイコデショッ!』』

『『アイコデショッ!』』

 

 だあぁぁーーーー! もういい、もういいっーー!

「カリバー、なかなかやりますわね!」

「エクスこそ!」

 結果は何度やっても同じだった。

 息ぴったり。悪い意味での阿吽の呼吸だ。

 こいつら思考回路がまったく同じじゃねーかっ!

 ジャンケンでは堂々巡りでキリがない。

 そこで俺に名案が浮かぶ。


「そうだ! コイントスにしよう! 表が出たらエクスの勝ち。裏が出たらカリバーの勝ちだ! 勝敗はそれで決めよう! 二人とも異存はないな?」

『『……分かりました。ご主人様のご命令に従います!』』

 俺は二人が見守るなか、硬貨を指先で弾き、祈るように放り投げた。

 落下した硬貨は裏を示していた。

「やったぁ〜〜! カリバーの勝ちですねっ! ご主人様っ、ありがとぉ〜〜!」

「ぴ、ぴっ、ぴぇ〜〜〜〜んっ!」

 カリバーはぴょんと俺に飛びつき、エクスは半べそをかいてうずくまってしまった。


 どうしてこうなる?

 とりあえず、これで決闘を回避することは出来た。──が、これからの生活に多大な不安が募る。

「こ、これから勝敗を決める時はコイントスで決めるように!」

 二人の関係性を懸念した俺は、念を押すように声を荒げてこの場を制した。

『『ふぁあ〜〜いっ……』』

 気の抜けた生温なまぬるい返答も、二人は一応納得してくれたようだった。


 しかし一体、なんだこの展開は?

 俺が想像していたハーレム生活とは随分と違う。

 女性側の想いもあるかも知れないが、それはそれとして、上手くやってくれるものではないのか? こんなにいがみ合うものなのか?

 正室とか側室とか、世界は違えど遥か昔から複数の女性と愛し合うことは当たり前として繰り返されてきたのではないのか?

 女同士の世界。そーいうのは、そっちでよろしくやってくれよ……。


「エクス! 今日のご主人様はカリバーのものですからねっ!」

 コイントスで勝利したカリバーが勝ち誇るように言い放つ。

「う、ううう……」

 エクスは床に這いつくばり涙目を浮かべて、はむはむと唇を震わせていた。

 待望のエクスとの再会。

 どうやら俺の今日の相手は、カリバー、一人になるようだ。


 なんで、こうなる?

 うーーん。完全に板挟み状態。先が思いやられる。

 俺は今後起こりうるであろう二人の確執に頭を抱えるばかりだった。


 ぐすん。俺のハーレム生活。

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