第30話
──ルビードラゴン。
炎の魔水晶に覆われた体からは灼熱の闘気が
……まずい、俺では太刀打ちできねぇ……。
そもそも時空魔法は攻撃特化型の魔法ではない。魔力を込めたところでヤツの体に傷一つ付けることも出来ないだろう。
やべぇ……、考えろ! 俺!
俺はない頭をフル回転させ、必死で思考を張り巡らせたが、策が思いつかなかった。
──こうなりゃ逃げ回るしかない。
セイライさんを信じて時間稼ぎだ。今の俺に出来ることは足止めしかない。
「────『
俺は時間の流れを早くしてルビードラゴンの脚元に飛び込み、陽動作戦を試みた。
紅蓮の炎を宿した
ジュボボボボッッ!
五重の炎がうねりを上げて揺らめく視界を引き裂くと、次の炎が息つく暇なく振り下ろされる。
それを幾度となく交わし注意を惹きつける。吹き出した汗が瞬時に蒸発し、いつの間にかに俺の身体の水分は渇きに渇き、灼熱によって脱水症状を引き起こしていた。
くそっ! 目眩がする。攻撃を食らわなくてもこのままではミイラ化しちまう。
身体を翻しながらチラリとセイライさんに目をやると、未だ瞑想中。
チッ、思わず舌を打った。
セイライさんの傍らではカリバーが体育座りをして、俺に向けた手の平をひらひらと小さく振って微笑んでいた。
だぁあっーーーー! なにその距離感っ? 運動会でこっそり応援してくれる女子っ! これが運動会ならばエネルギーMAX! ただ、今は、生死を賭けた死闘真っ只中。微妙な距離感にエモさを感じてる場合じゃねぇー!
俺は焦燥感に駆られながら、ひたすらに逃げ回った。
……本格的にやばいな。
立ちくらみがして手足が痙攣し始めた。
水分を失った舌が化石の如く、異物として喉に張りついている。干からびるのも時間の問題だった。
だらりとぶら下げた両腕に力が入らない。両脚は踏ん張る力もなく、風が吹けば一瞬にして吹き飛ばされる。
身を
ドラゴンの口の前に膨大な光が凝縮されたかのような小さな炎が浮かんだ。次第にその炎が大きくなっていくのが分かる。
……まずいな。もう一歩も動けねぇ。あれを食らえばひとたまりもねぇ。なんとか逃げなければ。
溺れたように必死で考えたが、体に力が入らない。
炎帝のように浮かぶ巨大な火球。
俺は
わりぃ。俺、もう動けねぇわ……。命乞いの猶予もない。もはや嘆き。セイライさん、あとは頼みましたよ……。カリバーとエクスのことよろしくお願いします。
轟音が轟き火球が放たれた。世界をも焼き尽くすほどの炎熱が近づいてくる。
「ご主人様ぁぁあーーーー‼」
目を閉じる瞬間、蒼白い光を帯びたカリバーが走り込んでくるのが微かに見えた。
ズボーーーーンッ! 爆音、爆風、高温、赤熱。それらの中で俺は蒼白い光に包まれていた。覆い重なったカリバーの身体が蒼白く輝いている。
気がつくと俺は火球が作り上げたクレーターの中心で、カリバーに抱き起こされて膝枕をしてもらっていた。
ポカポカで気持ちが良い。このまま眠ってしまいたい。カリバーの人肌が温かくて、優しくて、なんだか懐かしい。渇ききったはずの体内から涙がこぼれてカリバーの膝に落ちた。
「ご主人様、よく頑張りましたっ!」
カリバーが膝枕をしながら頭を撫でてくれる。なぜだか涙が止まらなくなった。ミイラ寸前の俺の体内から涙が果てしなく湧き出して咽び泣いた。
「世界で一番モテる能力」を手に入れた俺が、
──失った物。
童貞を失った代償──、それは女性との距離感だった。
女性が王子様を求めるように、男性も女性に求める物がある。それはお姫様じゃない。エロ女神様でもない。おっぱいでも、くびれたウエストでも、秘密の花園でもない。距離感だ。ちょうど良い距離感。
男としての俺の魂は「世界で一番モテる能力」を手にした現世ではなく、前世の日本にあった。
幼い頃、洗濯物に吊るされた下着にときめいて、アニメの湯煙に隠された裸体に興奮を覚えた。
家族で観たドラマのキスシーンにドギマギして、公園で拾ったエロ本に歓喜した。キャンディーをくれた幼馴染の女の子。無意識に視線がぶつかるクラスの女子。毎朝、笑顔で挨拶してくれる女子。消しゴムを貸してくれた隣の席の女子。星座占いで相性が良いとされた誕生月の女子。
それらすべてにときめいて──、夏服の制服から透けて見えるブラ線。小袋を持ってトイレに駆け込む女子たちの挙動。女子トイレの汚物入れや辞書に書かれた性交の文字にさえ、心が
恋焦がれた女性たち。ノスタルジックな憧れの女性。童貞の喪失で、俺はそのすべてを失った。
届きそうで届かない距離感。ラブコメと同じ。付かず離れずの距離感。くっついてしまえば終わりだ。生物としての
想いこそが、──俺の理想だった。
母性溢れるカリバーの膝枕はミルクキャンディーのように甘い女性たちの記憶を呼び戻した。
「……み、水を、……飲ませてくれないか……」
「はいっ! かしこまりましたっ!」
カリバーが携帯していた水を俺の口へと流し込む。体内に染み込む水分が俺を蘇らせた。カリバーの弾ける笑顔が眩しい。──こうしちゃいられねぇ。
見上げればルビードラゴンが再び、火球の咆哮を放とうとしていた。
「蓄電完了! 勇者さん! お待たせしました!」
セイライさんの声に魔力を込めた斬撃を空中に振り上げる。
「────『
漆黒の燐光を
滞空するルビードラゴンが、引き寄せられる──。
「────
ラブリュスを握ったセイライさんは円盤状の閃光となってドラゴンの首元に袈裟懸けの太刀筋を浴びせた。
ギュイィィィンッ! 光速に回転した円盤が火花を散らして、強硬な皮膚を断ち斬ろうとしていた。激しくぶつかる摩擦音が響き、ドラゴンの悲鳴と重なる。
ギュイィィィンッ! グォオオオオッーー!
藤色の放電が輝きを増し雷撃の大車輪は、徐々にドラゴンの身体へと食い込んでいく。 ギュイィィィンッ! 加速する雷属性の光輪。
シュルシュルとした焦げ臭い煙が立ち、ドラゴンに斬り込まれた傷口から向こう側の景色が見える。光速の推力を得た刃が真紅のルビーを打ち砕いた。
グォオオオオッーー! 引き裂かれたドラゴンの胴体が、絶叫とともにもげ落ちる。
ズシャーーンッ!
「や、やったにゃ!」
いつのまにかにコモドが舞い戻り、ルビードラゴン討伐の快挙に目を輝かせた。
「うおぉぉおおおーーーー! 大金星だっ!」
ドラゴンスレイヤーたちはすでに飲めや歌えやのお祭り騒ぎで狂喜乱舞している。
……や、やった! 安堵した俺はその姿を確認すると、意識を失い膝から崩れ落ちた。
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