第29話

 ──こ、これがパーティー?

 最深部にあたるエリア17には魔晶ドラゴンをはじめ、屈強なクリスタルドラゴンが生息している。当然、簡単に仕留められる魔獣ではない。ドラゴンキャニオン最大の危険領域。魔力の高い冒険者が加入した際にのみ立ち入り、乱獲するのが彼らのしきたりらしい。


「今日はお祭りだにゃ! 存分に狩るがいいにゃ!」

「うおおおぉーー!」

 ドラゴンスレイヤーたちは自らを鼓舞するように威勢のいい声を張り上げてコモドに応えた。



 グゴゴゴゴッ! ズドーンッ!

 巨大なクリスタルドラゴンが尾を振り回して招かざる侵入者を威嚇した。鞭のような竜尾が岩肌に勢いよく打ちつけられる。岩石が爆破されたかの如く粉々に砕け散った。


 なんという破壊力。全身をびっしりと覆うクリスタルは無数の剣のように連なり、幾多の層を成した質量は一目で成熟した個体だと分かる。


 ……マ、マジかっ? こいつクリスタルドラゴンの中でも最上級だろっ⁉ 

 あまりにデカすぎる!

 大蛇と呼ばれるバジリスクとは比較にならない程の図体に俺が尻込んでいると、


「私の出番のようですねっ!」

 意気揚々とカリバーが踊り出た。


 カ、カリバー、お前大丈夫なのか⁉ 相手はクリスタルドラゴンだぞ。しかも、見た目から推測するに群れのボス。渓谷のヌシとも言える存在だ。

「任せておいてくださいっ!」

 カリバーは両脇をしめた可愛らしいガッツポーズを作り「いっきまぁーす!」身体を開き、クリスタルドラゴン目掛けて突進した。

「覚悟しなさいっ!」

 振り上げた拳がクリスタルドラゴンの胴体に直撃する。


 バチコーン! 強烈な衝撃音を轟かせるや否や、

 い、い、いったぁぁあ〜〜〜〜いっ!

 フラスコ瓶のように底溜まる涙をチョチョぎらせて、おめおめと逃げ帰ってきた。真っ赤に腫らした手の甲をぷらぷら揺らして泣き喚いている。


「ご、ご主人ざまぁぁああっ〜〜〜〜! ぴ、ぴっ、ぴえええぇぇ〜〜〜〜んっ!」


 ──やっぱりだ。

 ……だと、思った。


 俺の理想が生み出した最高傑作。

 それは、抜け目のない完璧な女性ではない。美女でありながらも、欠陥品。お茶目でキュートな女性。そう、つまりバカなのだ。エクスもカリバーも、おバカさんなのだ。


「うっ、う、うぇ〜〜〜〜ん、い、いだいよぉぉおおーーーー‼」


 だからクリスタルを纏ったドラゴンだって言ってるだろーがっ! 

 素手でブン殴るヤツが悪い。

 俺は想定通りのお決まりの展開に頭を抱えた。

 


「私がやりましょう」

 見かねたセイライさんが戦斧ラブリュスを背中から抜く。

 出た! 野心家! 普段は控えめなくせに、クリスタルドラゴンを目にした途端これだ。

 金の亡者、現金な人だ。


 左右対称の両刃が施された巨大な斧を握ったセイライさんが一呼吸つくと、バチバチとした電流がラブリュスを駆け巡る。荊棘いばらのような放電を纏った戦斧ラブリュス。別名、──雷神斧。雷属性を持つ名斧。

 

「────『雷撃の収穫祭ライトニングハーベスト』────」


 一文字に放たれたセイライさんの一閃がクリスタルドラゴンの前脚を切断する。

 グギャギャギャァアアーー‼

 ドラゴンが悲痛な叫び声を上げて崩れ落ちた。前脚を失い体勢を崩したドラゴンが前のめりになった刹那、セイライさんがその頭上に跳躍する。


「────『稲妻断頭台サンダーエクスキューショナー』────」


 ──雷鳴が轟いた。稲光りがドラゴンの首元に炸裂する。閃光はクリスタルで覆われた分厚い皮膚をものともせず、藤色の電光を纏った刃が、巨大なドラゴンを断ち砕いた。大木を斬り裂く落雷のような一瞬の出来事。ズシーンッ! 莫大なクリスタルの塊が真っ二つになって地面に叩きつけられた。

 目の前に転がる推定5億ドルエンのお宝にドラゴンスレイヤーたちが沸く。


「うぉおおおおーーーー‼」

「あっぱれにゃ! あれは雷属性の魔力にゃ!」

 コモドの歓喜に応えることなく、セイライさんはラブリュスを収め、背中を向けた。瑠璃色の髪が静電気を帯びて逆立ち、その姿はまさに怒髪天を衝く処刑人。──戦斧神の異名が顕現けんげんする。


 群れのボスを失い、秩序を乱したドラゴンたちが錯乱するように飛び交った。風圧が砂埃を撒き散らし、ざらついた風が頬を刺す。俺は目を細めて体勢をかがめた。

「大漁にゃ! あとはまかせるにゃ!」

 ここぞとばかりに、コモドがアスカロンに魔力を込め、白い燐光りんこうが放出されると数多のランスが空中に出現した。金剛石ダイヤモンドで出来たランスの軍勢が隊列を組んで浮遊する。

 

「─────『金剛石の豪雨』ダイヤモンドスコール────」


 連なるランスが上空へ高く舞い上がり、クリスタルドラゴンの群れ目掛けて、次々に刺突した。

 ギュエェェーー! ギュワッーー! ギュギュキューー!


 金剛石のランスに貫かれたドラゴンたちがいたるところで、けたたましい叫喚を上げた。逃げ場を失ったドラゴンが無差別な光芒こうぼうによって撃ち抜かれていく。駆逐されたクリスタルの死屍がみるみるうちに積み重なっていった。

「にゃははははっ! 大豊作にゃ!」

 子供が虫ケラでも踏み潰すかのようにコモドがケタケタと肩を揺らしていた。



 ドゥワァーーオゥーーーー!

 喜悦の声を切り裂く雄叫びに俺は首をすくめた。突然、一際大きな遠吠えが大気を振動させ、鼓膜をつんざく。緊急事態アラームにも似た戦慄が走った。

 見上げると真紅のドラゴンが舞い降りてくる。真っ赤なルビーを纏ったドラゴン。その図体は最初のドラゴンよりもはるかにデカい。巨大な両翼の影が渓谷を塗り潰していた。


 ──な、なんだコイツ⁉ 

 こ、こいつが群れのボスだったのか⁉


 クリスタルドラゴン希少種、ルビードラゴン。炎属性を宿すドラゴンだった。


「き、きやがったな……」

 先程まで息巻いていたドラゴンスレイヤーたちが突如として後退りを始めた。

「……こ、ここは新入りたちに任せるにゃ」

 コモドさえも打って変わって、怖気付くようにその身を潜めた。


 燃え盛るような赫々かっかくたる光は怒りの感情を露わにして、凄味を効かせた眼光を放っている。

「勇者さん、少し時間を稼いで頂けませんか?」

 セイライさんはそう言うとラブリュスを握ったまま目を閉じて瞑想に入ってしまった。


 はぁあ⁉ 

 マジかよっ⁉ こんな時に瞑想かよっ⁉ 

 俺一人でやれるのか? 

 むちゃくちゃでけぇじゃねーかよっ!


 そうだ! カリバーは?

 目をやるとカリバーは隅っこで、手の甲に「ふーふー」と息を吹きかけて、体育座りをしていた。


 げっ⁉ 完全に授業を見学する女子っ! 

 赤の日じゃねぇーかっ!


 真紅のドラゴンの前線に立たされた俺の前髪が、チリチリと焦臭い匂いを発していた。

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