第19話

 前世の俺は、春になると何かを期待していた。クラス替え、進級、入学、卒業。新たな出会い。

 春は、生まれ変わりを期待させる季節。カレンダーがめくれただけなのに不思議だった。

 そしてそこには、いつも、──サクラがあった。

 

『『『……あなたいい男ね……』』』


 森が喋った。ドリアードだ。

 いい男。久しく聞かなかったフレーズにわれに返る──俺は、隠密マントを脱ぎ捨てていた。


 ──世界で一番モテる男。

 俺が女神から授かった能力。それを抑制するために着用していた隠密マントを、先ほどの戦いで脱ぎ捨てていたのだった。


『『『ワタシはいい男を探していたの。ワタシはね、元々は人間だったのよ。恋多き女。亭主がいるにもかかわらず複数の男性と恋をした。それが明るみになって亭主に殺され、湖に捨てられたのよ。それから長い年月が経ち、巨樹と一体化してからもワタシの想いは変わらない。ワタシはいい男が大好き。だから世界を監視して、いい男を探していたの。だっていい男は目の保養になるじゃない? それだけで元気になれる。ワタシはあなたを見つけたわ。あなたはこれからワタシの推し。じっくりと観察して楽しませてもらうわ。ウフフフ』』』

 


 魔女の情念──、想像と全然違っていた。


 ──はぁあ⁉ 

 なにが想い人に裏切られた女性の情念だ! 

 逆じゃねーか! 逆っ! 

 浮気して殺された側の話じゃねぇーか!


 俺は悪い男に騙され、悲運な人生を遂げた女性の愛憎を想像していた。

 情念でもなんでもない。ただの色情だっ! 

 アバズレの話じゃねぇーか!

 それでも懲りずにまだ、──オトコを求めるつもりか⁉


 ──と、言いたくなったのだが、この世界にアイドルやドラマなどの娯楽はない。韓流ドラマにハマっていた前世でのかーちゃんを思い出し、ドリアードの女性としてのさがに、胸が締めつけられた。



 何百年に一度咲く、魔女の森の花。

 それは恋の花であった。魔女が恋をした時に、薄紅色の小さな花が、乙女心のように咲き乱れる。淡くて慎ましい色合いは、可憐なまでに美しく燃えさかる。


 サクラは恋の花。花言葉は「純潔」。


『『『あ、そうだ。コレをあなたにあげるわ。何百年か前にワタシの推しが置いていった物。人間は寿命が短いから残念ね。あなたは長生きしてワタシを楽しませてねっ! ウフフフ』』』


 湖の中から伸びたドリアードの根には、黄金に輝く鞘が握られていた。


 そうして俺はついに、──聖剣エクスカリバーの鞘を手に入れたのであった。

 

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