第12話

 ──結局、またこの場所に取り残されていた。

 バジリスクの死体から流れ出した鮮血が真紅の絨毯のように地面を侵食している。


 俺がもっと強くならないと結果は同じ。何度やっても未来は変わらない。胸を貫かれるエクスの姿を見るのはうんざりだ。何度もエクスをあんな目に合わせるわけにはいかない。

 俺は壊れ果てたエクスカリバーを拾い上げ、即座にこの場をった。


 強くなってやる。もっと強くなってやる。ここに居たって、何も変わりはしない。バジリスクの死体に同化して、腐敗するだけだ。

 流れる涙を拭って、それでも湧き出る涙をひたすらに拭って、堪えて、噛み殺して、俺は歩いた。

 


 ──その日から一心不乱に剣を振った。一人で討伐クエストをこなし剣術を磨いた。悔しさと不甲斐なさを己れの剣にぶつけた。

 そして、国中の鍛冶屋を巡った。聖剣エクスカリバーを修復できる鍛冶屋を探した。しかし、訪ねた鍛冶屋は皆一様に首を横に振った。

 王都なら、王都ならば。腕利きの鍛冶屋がいるかも知れない。俺は一縷いちるの望みを抱いて王都を訪れていた。懐かしい王都の風景を前に、ふと一人の男の顔が浮かぶ。


 宮廷学者のバロウさんだ。

 博識の彼なら何かを知っているかも知れない。聖剣エクスカリバーのこと──、腕利きの鍛冶屋のこと──、

 


 ──俺はバロウさんの家を訪ねていた。

 ドアを開けると、部屋の中を本が歩いていた。積み上げられた本が右にふらふら、左にふらふら。本の柱がバランスをとりながらこちらに向かってくる。

 本の陰からは、小さな息遣いを伴って「うんしょ、うんしょ」可愛らしい声が聞こえていた。


「……あの、すいません」

 しばらく見守っていたが、ぶつかってしまうほどの至近距離に口を開いた。


「わっ⁉」

 俺の声に驚いた本の柱は崩れ落ち、ドサドサと床に山積みになってしまった。


「大丈夫ですかっ?」

 本に埋もれた持ち主を心配して駆け寄ると、

「ぷはっ!」

 山の中から幼女が勢いよく顔を出した。

 園児か、小学校の低学年くらいの歳だろうか?

 お尻まで隠れるクリーム色の髪に鮮やかなエメラルドグリーンの眼をしていた。ぷっくり膨らんだ頬っぺたがあどけなくて可愛らしい。


「……アンタだれ?」

 幼い容姿に下半月型のジト目が浮かぶ。高圧的な質量のある眼差しに、思わずかしこまる。


 ──あれ? 

 ……なんか怖いな、この幼女……。


「……あ、あのバロウさんはおみえでしょうか? 聖剣エクスカリバーの元勇者といえば分かると思います」

 不機嫌そうな顔をしている謎の幼女に俺は尻込み、一言一句、丁重に言葉を選んだ。


「先生なら、あっち」

 無愛想に指差す幼女の先には、机に突っ伏したまま片手を挙げて応えるバロウさんの姿があった。


「バロウさんどうしたんですか?」

「……昨晩、飲み過ぎましてね。二日酔いです」


 ──思い出した。大酒飲みのダメ男。

「先生ったら毎晩、毎晩、ふにゃふにゃでホントだらしないんだからっ!」

 背後で幼女がボソボソとなにやら小言を呟いていたが、俺は気にすることなく、今まであった出来事をバロウさんに話した──。

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