247. 苦悩するクラスメイト 2

 奈津の電撃芸能界デビュー。

 最初は雑誌の広告に少し載るぐらいだったので、当初はそこまで大きな話題にはならなかった。

 けれどその後、ゲーム雑誌の表紙に載ったり、しまいにはCMにまで出演したりと、時間の経過とともに少しずつ奈津を取り巻く環境が変わっていった。


「柊さん、CM観たよ。あの服、超カッコイイね。あれって、ゲームと関係ある衣装なの?」

「うん、ゲーム内の知り合いの人に作って貰った服なんだ」

「へぇ~。ゲームで服を作るってなんか凄いね」


 以前は奈津と関わることを敬遠していた者たちも、少しずつ話しかけるようになってきた。

 ただ、プログレス・オンラインは世界的に人気のゲームタイトルなのだが、いかんせん初心者向きではない。

 ゲームアシスト機能があまりなく、どこまでもリアルさを追求した、通称ガチ勢オンラインは、その敷居の高さから中学生でプレイしている者は稀なのだ。

 なのでそのゲームがどれだけの規模のユーザーを抱える凄いゲームなのかを知らない人が多く、雑誌に載ったりCMに出たから凄いという感想しかもっていないミーハーが殆どだった。


 ちなみにそんな芸能活動を始めた奈津だが、今も放課後一緒に図書室で勉強している。

 これはそんなある日の事。図書室の入り口付近にいくつもの高校のパンフレットが並べられており、俺は少しの勇気を出して話題を振ってみた。


「そう言えば奈津はもう何処の高校に行くか決めたのか?」

「えっと、この高校を受験しようと思ってるよ」


 そうして指さしたのは地元の高校のパンフレットだった。


「地元の高校に行くのか。……その、芸能活動を続けるなら、休みとか色々融通が利きやすい芸能人が通うような学校の方が良いんじゃないのか? 正直よく分かってないけど」

「うん、確かにそうなんだけどね。それに、仕事現場との距離も考えると断然向こうの高校を受けた方が良いんだけど……。実はお父さんが、高校卒業するまで一人暮らしはダメって言ってて、それでちょっと大変だけど地元の高校に通う事にしたの」


 ――奈津のお父さん、グッジョブ!


「どうしたの?」

「えっ!? あ、いや、ちょっと驚いてな。……実は俺もそこに行こうかと思ってたんだ」

「そうだったの? でも、沢渡君の成績だったらもっと上の高校狙えるよね?」

「あ、ああ。けど、高校は近くの所が良いって思ってたからな!」

「へぇ、沢渡君の家ってこの高校の近くなんだ」

「そうなんだ」


 嘘である。


「じゃあ、私がちゃんと受かれば同じ高校に行けるね」

「そうだな!」


 奈津が地元の高校を受けるという事実を知り、幸せの絶頂へと昇っている俺。

 普段ならここで満足するが、奈津が芸能活動を始めた事で焦燥感に駆られていた俺は、もう一歩踏み出す。


「家が近いからってのもあるんだけど。……正直に言うと、奈津と同じ高校に通えたらなって考えもある」


 ヘタレの俺がなけなしの勇気をかき集めて口に出した言葉。その言葉を聞いた奈津は一瞬きょとんとし、そして屈託のない笑顔を見せた。


「私も1人は苦手だから、それ分かるよ。知ってる人が一緒にいると、すごく安心するよね。プログレス・オンラインでも1人で何かする事って殆どなくて、基本何時も誰かと行動してるもん」

「そ、そうだよな。は、はは……」


 ――知ってる人……。好きな人でも仲がいい人でもなく、知ってる人……。

 

 拒否られていない事を喜ぶべきなのか、それとも奈津の中での俺のポジションが予想以上に低いかもしれない事実に崩れ落ちればいいのか。そんな複雑な心境の中、今日の勉強会が始まった。


「そういえば、ゲームでは基本誰かと行動してるって言ってたけど……男とかも居るのか?」

「うん、居るよ。ギンジさんとシュン君っていう人が、同じギルドメンバーなんだ」

「へ、へぇ~。その2人はどんな人なんだ? いや、後学のためにな」


 後学って何の後学だ。


「知り合いの説明ってちょっと難しいけど、そうだなぁ~。ギンジさんはすごく強い人でね。筋肉とかも凄くて『漢!』って感じの人かな。普段はちょっと適当だったり極度の戦闘狂だったりするんだけど、私が大変な時は助けてくれるし、私に悪い所があれば叱り飛ばしてくれる、そんな大人な人だよ」

「そ、そうか。……その、シュンって奴は?」

「シュン君は2つ下で今中学1年生だったかな。でも私なんかよりずっと凄くて、大人で、体術の師匠なんだ。ゲームの中で色々教えてもらってるの」

「そうか……体術の師匠で……色々教えてもらってるのか」


 俺は今どんな顔をしているのだろうか。

 極力顔に出さないようにしているが、きっと今の俺は挙動不審になっていると思う。

 別に俺はこれまで何の努力もしてこなかった訳ではない。奈津が復学した時の為に勉強を頑張ってきて、今では学年でも上位を余裕でキープできるぐらいの学力は持っている。

 ……けれど、嬉しそうにその2人の事を語る奈津の前では、ちょっと勉強が出来る程度では何の意味もないのではないかという疑念に圧し潰されそうになっていた。


 そんな心境の中、奈津の顔を直視出来ず視線を彷徨わせ、そこでテーブルの上に置いている鞄からはみ出して見えたケースに目が留まる。


「それ、眼鏡ケースか? 奈津、目が悪かったっけ?」

「え? ああ、これはメガネ型のARデバイスなの。本当は学校に持ってきちゃ駄目かもとも思ったんだけど、学校で使わないにしても手元に置いておきたくて」

「へぇ~。そんなに大切な物なんだ」

「……うん。とっても大切な物なの……」


 そう言ってそのケースを握り締める奈津の表情に見惚れる俺。

 ……けれどその夜、その表情の理由がとてつもなく気になり、『誰かからの貰い物なのか』『それは誰なのか』『もしかしてそのARデバイスは、その誰かと会うための物なのか』などと、見知らぬ誰かを想像しては気がどんどん重くなっていった。

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