241. 戦いのあと

「忘れ物はない? あちらの方にご迷惑を掛けないようにね」

「もう、大丈夫だって! 私がどれだけ行き来してると思ってるの?」

「どれだけ行き来してようと心配するに決まってるでしょ。奈津はまだ16歳の高校生なんだから」


 バグモンスター、そしてファイさんとの最後の戦いを終えてから2年の時が過ぎた。

 中学生だった私は高校生になり、何と今では本当にミシャさんの所の芸能事務所に入ってお仕事をしている。

 仕事の内容は、最初はプログレス・オンラインの運営会社に依頼される形で雑誌の広告に乗ったりCMに出たりしていた。暫くは学業優先という事でプログレス・オンライン関連だけのお仕事だったのだけれど、事務所に入って1年ぐらい過ぎた頃にミシャさんからの熱烈オファーを受けて、ミシャさんの特技を増やす過程を楽しむ番組にミシャさんの弟子枠で時々出演する事が決まった。

 その番組で、私は今までに『タップダンス』『流鏑馬』『パルクール』などバラエティに富んだ事をやらされており、どうやら私が低身長なのと、視聴者目線で言うと途轍もなくストイックなのがギャップになってウケているそうだ。……ちなみに、頭脳系の企画は丁重にお断りさせてもらっている。


 2年が経過しても身長があまり伸びなかった事と、偉大なる師匠達のおかげ(所為?)で私の努力の基準が世間一般と大幅に乖離したらしいという事実には不満もあるが、概ねお仕事は上手く行っている。

 ただ、番組側から出演本数を増やせないかという打診も出ているのだけれど、ちょっとした家庭の事情もあって今はお断りをさせて頂いている。

 その家庭の事情というのが……『お父さんはせめて、高校を卒業するまでは奈津と一緒に暮らしたい!』というもの。

 そう、実を言うと収録現場と私の現住所が遠く、一人暮らしは高校卒業するまでは駄目という事で、現在は飛行機で行き来して仕事をしているのだ。


 お仕事関係以外にも、この2年で色んな事があった。

 まずはあの事件の後、ロコさん達のキャラデータや十二天シリーズのアイテムは無事復活したこと。そして、騙して迷惑を掛けていた事の謝罪として、私達のギルドハウスが運営費免除で私達所有の物という事になったこと。

 元々ギルドハウスは運営所有の上で私達に無償で貸し出すという工程を経て、その後も自由に扱える予定になっていたのだが、それでもやっぱり自分達のギルドハウスという方が気持ち的に良かった。

 実を言うと、もっと言えば多少無茶な要求も通りそうな感じではあったのだが、そんな事をすればゲームが詰まらなくなると言う理由から、誰も要求する事は無かった。


 ただ、あの事件に関してまだちょっと思う所があったりする。それは、ファイさんの用意周到さに関してだ。

 何とあのメンテナンス日にログインした世界は、実質的にはプログレス・オンラインの世界ではなく、新仕様や新しく追加されるアイテムやモンスターを検証する為のテストサーバーだったのだ。

 だからあれだけのバグモンスターを野に放ってもプログレス・オンラインには何の影響もなく、しかも法的にも用意周到で、詳しい話は分からないけれど、ロコさん曰く訴訟を起こしても何のメリットも無い状況になっていたらしい。

 この一連の事件は本当にファイさんの掌の上だったと言う事だ。


 後、大きな出来事と言ったら復学についてだろう。

 両親からは転校してはどうかと提案されたが、私はもう逃げないと決めていたので転校はせず復学する事にした。

 やっぱり殆どのクラスメイトとは少し距離が出来てしまい、しかも担任教師が気持ち悪い笑顔でやたらと話しかけてきて面倒臭かったが、あの日あの事件の発端となった男子生徒が復学初日に謝って来て、私が学校の勉強に追いつけるようにと勉強を教えて貰う事になった。

 卒業式の日に聞いた話なのだけれど、なんとそのクラスメイトは私が不登校になってから何度か家に謝りに来ようとしていたらしく、その度にお母さんが私の事を思って遠慮してもらっていたらしい。それで、直接謝罪に行けなかったそのクラスメイトは、もし私が復学した時に勉強を教えられるようにと勉強を頑張っていたそうだ。

 ちなみに、偶然そのクラスメイトと志望校が同じだった事もあって、今も同じ学校に通っている。


 他にも、リアルのミシャさんとロコさんが家に来て事務所に入る事への説明会があった事や、ギンジさんがリアルでやっている道場に夏休み中の数日間だけ短期入門をした事。

 ファイさんも含めた皆でオフ会をした事や、ルビィさんから土下座されんばかりに頼み込まれ、ルビィさんが立ち上げた個人ブランドのショーモデルを一度だけ務めた事。

 本当に沢山の出来事があって、怒涛の様な2年間だった。……でも、一番の出来事と言ったら。


「さぁ、レキ。今日も気合を入れてお仕事頑張ろうね!」

「ワフッ♪」


 レキとまた再会出来た事だろう。

 ファイさんはロコさん達のキャラデータの復活だけでなく、レキの事も復活させてくれた。

 更に、ファイさんが他社と提携して開発中のメガネ型ARデバイスを提供してくれて、それを使ってプログレス・オンラインにログインしていなくても、リアルでレキと一緒に居られるようにしてくれたのだ。

 プログレス・オンライン関連のお仕事をする時は、レキも私の公認マスコットのような立ち位置で一緒に撮影に参加したりもする。

 

 ちなみに、このデバイスは近い将来プログレス・オンラインのペットとリアルで触れ合えるARデバイスとして、デバイス代別の月額サービスとして販売する予定らしい。

 テイマーはプログレス・オンラインの中でも一番の金づ、ゲフンゲフン。……えっと、プログレス・オンラインの中でも一番のお得意様なので、このデバイスによってテイマーからの収益アップ&テイマー人口の増加を狙うそうだ。

 確かに今まではテイマー仕様の鬼畜さからテイマー人口は全体から見ると少なかったけれど、リアルでもペットと触れ合えるというのであれば、その為だけにテイマーになる人も増えるだろう。


 そんなレキとの再会やプログレス・オンラインの新展開という最高に嬉しい出来事もあり、順風満帆な日々を過ごしている。

 ただ、そんな日々の中でも1つだけ思い通りに行かない事があった。


 ……私とレキは、あの事件以降プログレス・オンラインから締め出され、2年間1度もあの世界に行けていないのだ。

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