240. 私が貰った沢山の物をありったけ

 私の戦い方には、その1つ1つに大切な人達との軌跡が詰まっている。


 私には一般的なテイマーの才能が無かったのは確かに事実なのだと思う。

 ファイさんが言うように、テイマーという職業は複数の事を同時に行えるマルチタスク能力が必要なのだ。私がロコさんの様に状況を見ながら多くの役割を熟せる自信などあるはずもない。

 けれど、私には他の才能があった。ロコさんが見出してくれた感応能力によるペットとの連携力、ギンジさん曰く近接戦を恐れない根性があり、シュン君曰く人の内心を察する能力と人の教えを素直に聞き入れる才能があり、ミシャさん曰く憑依型の演じる才能があった。

 そんな私だからこそ出来るテイマーの形があり、私はエイリアスの皆やパルやモカさんやクロ、そして勿論レキと、本当に一歩ずつ私だけのテイマーの形を作り上げていったのだ。


 けれど、きっとこれは私が初めてログインしたあの日に、レキと出会わなければ作り上げる事が出来なかったテイマーの形。

 だからこれは、ファイさんがこの世界を創り、そしてレキを私の所へ導いてくれたからこそ出来たテイマーの形。


 ――だからこそ見せつける。……私達皆で作り上げたこの力を、ファイさんに。


 

「シールドバッシュ!」


 盾スキル技能であるシールドアップとマスターシールドアップによってパリィ可能ダメージ範囲が大幅に強化され、マジックシールドの技能により魔法攻撃もパリィ出来るバフが付加されたシールドバッシュによって、ファイさんから放たれたブレスを危なげなくパリィする。


「フォーシス エンハンスメント! マーベルカウント!」

「くまぁ!」


 モカさんの最大火力を叩き込む為、特殊技であるマーベルカウントを発動する。するとモカさんの頭上に懐中時計が出現し、30カウントを打ち始めた。その間にも2体の分身体と20体の光精霊、そしてファイさん本人が襲い掛かって来る。

 私はクロとパルに指示を出しつつ精霊の対処を任せ、私は分身と本体合わせて3体の怪物から繰り出される猛攻を、時に避け、時にパリィし、時にクリティカル攻撃を叩き込んでキャンセルして捌いていった。

 

 ハイテイマーズ戦を乗り切るために培った観察眼が相手の動きを教えてくれる。ギンジさんやシュン君との訓練で培った対人戦の経験値、そして体さばきやゲームに最適化した動き方の技術が私を支えてくれている。

 ロコさんとの訓練によって作り上げたテイマーの立ち回りで、私は高速戦闘の中でもペットの動きを感じ取り、ノータイムでの意思疎通による高速連携を実現していく。

 そして、対人戦においてミシャさんの教えが大きな力になっていた。


 ――対人戦は性格が悪い人の方が強い。今の私は……ちょっと性格が悪いよ!


 今、目の前に居るのは感応能力者とその分身。そして感応能力者は……周囲の変化や人の感情に敏感だ。

 

「フォーシス エンハンスメント! アイスサンクチュアリ!」

「パルゥ!」

 

 パルの特殊技であるアイスサンクチュアリを使い、ファイさんと分身体を含む私達と外界を隔てる。この結界は攻撃を受ける度にMPを消費する為、分身体の攻撃まで受け持つには少々きつい。その為、光精霊のみを遮断し、時間を稼ぐ事にした。

 そして今から行われるのは、盛大な嫌がらせだ。


「クロ、シャドウラピッドラッシュ!」

「キュッ!」


 3体の怪物にクロのシャドウラピッドラッシュが迫る。勿論、素直にそれを受けるはずもなく、迫るクロを迎え撃とうと身構えた。だがそれは、突然向けられた激情を孕んだ気迫に削がれる事になる。

 

 昔、ギンジさんに『お前の戦い方には気迫がない』と言われた事がある。

 行動の1つ1つに気迫が無い為、フェイントはフェイントだと見抜かれるし不意打ちでも相手の体勢を崩しきれないと言われたのだ。そして教えられたのが、行動に感情を乗せて気迫を相手に叩きつける方法。

 そして極々最近、私は思考が吹き飛ぶ程の怒りと憎悪に身を焦がした経験がある。その時の感情を思い出し……再現する。


「あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝!!」


 私はミシャさん曰く憑依型の演者。ミシャさんとの訓練によって開花したその才能を使い、私の中に過去の私を作り上げ、相手の意識を削ぐ最適なタイミングで強烈な気迫を放ちながら攻撃を仕掛ける。

 3体の怪物たちは私から意識を逸らす事が出来ず、そこをクロの防御性能無視のシャドウラピッドラッシュが襲う。


「ラピッドラッシュ!」


 そして更に私もラピッドラッシュによって加速する。

 強烈な気迫を放つ私と、防御性能無視で高速の刃を振るうクロに挟まれた怪物たちは、思うように対応する事が出来ず翻弄され続けた。

 自分の中に激情を再現するが、それで本当に思考を吹き飛ばす事はしない。相手の動きを見極め、相手の行動を阻害し、時にクロをフォローする。

 ちょっとでもペットとの連携が崩れたり、ペットの事が意識から離れるとすぐさま叱責が飛ぶロコさんの訓練をずっと受け続けて来たのだ。こんな大事な場面で失敗したりはしない。……ロコさんもペットの事になると結構怖いのだ。


「ガァァァアアアア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝!!」

 

 そんな怒涛のラッシュ攻撃に晒され、ファイさんが更に激怒する。だが、その怒りが何かを成す事はない。


「ライオンハート! サクリファイス ブースト! カウントナックル!!」

「くんっまぁあああ!!!」


 私達が3体の動きを止めている間にモカさんのカウントが終わり、私は更にその火力を底上げする為に全能力値を上昇させるライオンハートの魔法と、テイマーの最大HPの2割分を消費しペットの攻撃力を2割上昇させる技能を発動する。

 そうして出来上がったのが、私の手札の中でも最大の最高火力。そこから繰り出される強烈な一撃がファイさんへと叩き込まれた。

 それはエリア全体を揺るがすような轟音を響かせ、ファイさんを吹き飛ばしていく。それと同時に、分身体と光精霊の召喚が解除されて消えていった。


 その威力は凄まじく、流石のファイさんもすぐには復帰出来ないようで、小さなうめき声を上げながら何とか立ち上がろうと奮闘していた。


「フォーシス エンハンスメント。シャドウバインディング」


 ヨロヨロと立ち上がったファイさんの影にクロの短剣が突き刺さり、その動きを止める。


 ――仕上げだ。


 私はファイさんに手が届く程の距離まで近づき……その胸に手を突き刺した。


「これはもう、ファイさんには必要ありませんね」


 そう言い終わると、私はファイさんの中で脈打つ異物をガッチリと掴み、引きずり出した。それは濃い黒や赤や茶色などが混ざったアメーバ状の物で、引きずり出したそれを私は手にグッっと力を入れて握りつぶす。

 それは声にならない呪詛の様な叫び声をあげ、光の粒子となって消滅していった。


「ファイさんには本当に怒ってるし、私や皆にした事もまだ許していません。……でも、それと同時に感謝もしてるんです」


 ファイさんには振り回されたし、ファイさんの所為で沢山の悲しい事や苦しい事を経験した。けれど、私に沢山の物を与えてくれたこの世界を創ってくれたのも、レキを作り、私の元へ導いてくれたのもファイさんなのだ。

 それは私にとってとても大切な物で、これだけ苦しめられてもファイさんへの感謝が無くならない理由だった。


「だからこそ、そんなファイさんが、この世界を実験場としか見ていない事が、私達の受けた傷が只のデータ上の幻だと思っている事が許せないんです!」


 そうそれが、私がファイさんに激怒する一番の理由だった。

 私とファイさんの間にある決定的な意識の隔たり。私はこの世界をもう1つのリアルだと思い、そこで起きた出来事を大切にしている。だが、こんな凄い世界を創った張本人は、あくまでこの世界はゲームであり実験場だという価値観しか持てていない。

 だからこそ、世界を壊そうとしても、レキをロストさせても、ロコさん達のキャラデータを破壊しても、それはデータ上の事で大したことではないと思っている。……それがどうしても許せず、そして悔しかった。

 だから、私は願ったのだ。


 ――私が、私たちが、この世界をどんなに大切に思っているか。そして、私達がどれだけ苦しんだのか。これは、私達にとって夢や幻ではないって事をファイさんに知って欲しいし、分かって欲しい。


 ただファイさんを倒すだけでは満足出来ない。それだけでは、ファイさんは『実験に失敗した』という意識しか生まれず、私達にした事の残酷さを分からないままなのだ。……だから。


「ファイさんから今引きはがした物の代わりに、私のを上げます。……ファイさんが創ってくれたこの世界で、私が貰った沢山の物をありったけ」


 私は掌に沢山の想いを込めた。それは強い光を放ち、その想いの強さを表している様だった。

 私はこの世界で色んな人達と出会い、色んな経験を積み、色んな選択と行動を積み重ねた。この光は私の歩んで来た道と、私の生きた証そのもの。

 その光をファイさんの胸へと運ぶと、それは溶ける様にファイさんの体へと吸収されていった。


「……そうか。私が創ったこの世界は、こんなにも暖かかったのだな」

「……はい……だから、ファイさん。……こんな暖かな世界を創ってくれて、ありがとうございました」

「あぁ……。ナツ君……迷惑を掛けたね」


 そう言い終わるとファイさんの体は光の粒子となり、ふわりと霧散して行った。

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