237. 怪物同士の戦い

 肩口から切り捨てられ、左腕を失ったファイさんは目を見開き、ぶつぶつとうわ言のように喋り続けていた。


「ありえない、このシステム内で痛みを感じる事はありえないはずだ。では、これは何だ? ……これは、私の痛みではない」


 ファイさんの体を構成するテクスチャが崩れ始める。それは今までに何度も見た光景。……バグモンスターや、不正アイテムを使ったギースと同じ物だった。


「痛い、怖い、苦しい、妬ましい、殺してしまいたい……違う、これは私の物ではない。ありえない、ナツ君も含めた多くのサンプルによって、感情というプロセスを抜いて感応能力が引き起こす事象を完全に再現出来たはずだ。では、何で私の中に私以外が存在する? まさか、感応能力と感情とは同一の物だったのか? ……もしそうなのであれば、今の私は何だ?」


 テクスチャの崩壊がどんどん進んで行く、それと同時にファイさんが突然震えはじめた。


「……ナツ君、どうやら私は失敗してしまったようだ。感応能力がどういう物なのか、その前提から私は見誤っていたらしい。……恐らく、私の自我はもうすぐ崩壊するだろう。その後、私がどうなるかは分からないが、どうなったとしても君たちへの補填は滞りなく行われるように準備しているので安心して欲しい。……そして済まないが、後始末を頼む」


 そう言い終わると、ブツリと糸が切れたかの様にその場に倒れ込んだ。そして次々にその体に変化が起き始める。

 ふらりと立ち上がったファイさんの目からは完全にテクスチャが剥がれ落ち、真っ黒な眼球の中で電子的な光を放っていた。体のあちこちでは、一部が光の粒子となって弾け、そして再構成され元に戻るを繰り返している。

 そして、私が切り捨てた左腕からは、ガイアタートルの頭が生えてきた。


「ガ……ガ……。ガァァァアアアア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝!!!」


 ファイさんは完全に暴走していた。そして変わり果てたその醜悪な姿を前に私が感じた物は……どうしようも無い程の怒りだった。


「……ふざけるな。これだけの事をやっておいて、自分は自我を失って暴走? そして私に後始末を頼むって? ……ふざけるなっ!!!」


 暴走するファイさんに呼応するように、私を構成する何かが怒りと憎悪で弾け飛ぶ。目の前にある不快な物全てを消し去ってやると、私の感応能力によって感情が世界に伝播する。

 そして世界と繋がり限界を超えて高速化された思考が、目の前の敵を消し去る方法を瞬時に導き出した。


「神化! 梵天!」


 私がアンタッチャブルの二つ名を得た際に手に入れた十二天シリーズ『梵天の水瓶』。

 その効果は破壊と創造。コストとして破壊したアイテムのレア度によって基礎スキルを上昇させ、そのアイテムに適用可能なバフがあった場合はそのバフを引き継いだ武器を創造する。……そして今、私が力の贄とする物は。


「無に、『羅刹天の大太刀』『焔摩天の杖』『火天の数珠』『毘沙門天の多宝塔』」


 ロコさん達から預かったそのアイテムを、私は躊躇なく力への対価とした。他にも、梵天のコスト用にルビィさんが作ってくれた大量の装備品や素材を、そしてこれまで私を支えてくれた茨の短剣すらも贄として破壊していく。

 1つ破壊する度に頭がスッキリしていくような、私の中の何かが壊れていくような、そんなよく分からない感覚を覚えていき……私は何処かの段階で思考を手放し思念をむき出しにした。

 今の私を動かすのは、怒りと憎悪、それだけだ。


「有に」


 大量のアイテムを消費して創り出したのは2本の短剣。それは宇宙で形作られたような見た目をしていて、何処までも深い闇と、その中に小さな星々の光が散りばめられている。

 この場に居る2体の怪物がお互いを敵として認識し……衝突した。


「ガァァァアアアア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝!!」

「あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝!!」


 2体の怪物が衝突する度に世界は悲鳴を上げ、地面も天井も空間すらもひび割れいく。

 左腕の代わりに生えたガイアタートルの首を梵天の短剣で切り捨て、またすぐに生え変わったガイアタートルの頭が私の腕に噛みつき、食い千切る。

 そして、私の腕も同じように生え変わり、2体の攻防が再開された。


 怪物が怪物を蹴り飛ばし、怪物が怪物を食い千切り、殴り、切り裂き、叩き潰す、そんな戦いが続いていく。

 かたや他者の思念に飲み込まれ暴走し、かたや怒りと憎悪に飲み込まれ暴走する。この場に居る2体は等しく怪物だった。

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