236. 生まれたばかりの怪物
2人の間に流れる一瞬の静寂の後、その戦いは唐突に始まる。それは、生まれたばかりの怪物が急成長していくような戦いだった。
「エッジ キック! プッシュ ストライク! スパイラル エッジ!」
「間近で見ると、やはりナツ君は速いな。けれど、ステータス的にはハイエンスドラゴン達と融合している私の方が上な様だ」
最初に仕掛けた私は、未知の力を持っているファイさんに最大限の警戒しながら攻撃を叩き込んでいった。けれどそれらは、ファイさんの左腕と一体化しているガイアタートルの籠手により軽々と弾かれて行く。
その動きは素人その物だ。だが、ファイさんは今、パブリックエリア最強格である3体のボスモンスターと融合しており、そのステータスは私を遥かに上回っていた。
私は攻撃を仕掛けながらも自身にバフを掛け、そのステータス差を少しでも縮めようと行動に移す。
「ライオンハート! レッグ アビリティ アップ! レッグ アビリティ アップ セカンド! レッグ アビリティ アップ サード!」
「ナツ君、普通に戦っていては私には勝てない。これは検証実験なんだ。先ほど、メナスガーヤカとの戦いで見せてくれたナツ君の力を見せて貰えないだろうか?」
「ウルフ シャウト!『アオーン!』」
ファイさんの言葉を無視しながら攻撃を続け、そして仕掛ける。
「スピリット シャウト!『喝っ!』 バックスタブ! 斬首一刀! ディバインエッジ! クリティカルブロウ!」
「何っ!? ぐっ!」
私はスピリット シャウトで相手の動きを止め、その隙に短剣から刀、槍、ハンマーへと持ち替えながらクリティカル攻撃を叩き込んでいった。……インベントリ操作もなしに。
メナスガーヤカとの戦い、そして勢いで行った鉄格子の破壊。それらの経験によって、私は自身の力の使い方を少しずつ理解していた。
――きっとこれは理屈を考えず、そして疑わない事で思いを現実化する力。……考えない事も、思い込む事も私の得意分野だ!
「はははっ、素晴らしい。インベントリ操作も無しに武器を入れ替えたのか! ……こうかな?」
ファイさんと出会ってこれまで、私はファイさんの無表情以外の顔を見た事が無かった。けれど、今はそれが嘘の様にその表情を感情で彩っている。
そんなファイさんは一瞬で私との距離を詰め、いつの間にか持っていた巨大なハンマーで私を打ち上げた。その後も様々な武器と入れ替えて怒涛の攻撃を叩き込んでくる。
私はその攻撃をパリィで弾き、翼で空を舞いながら何とか躱していく……が、その圧倒的なステータス差によってどんどん追い詰められていった。
「ははっ、これは中々に難しいね! 私は昔から少々理屈っぽい所があってね。武器をどうやって入れ替えているのか、そのプロセスに意識を向けてしまうと途端に上手く行かなくなる。これは、所詮人の頭に積まれている処理能力は脆弱だったという事なのかな」
自分の手に入れた未知の力に高揚しているのか、戦いながらその勢いはどんどん増していく。
「思念と思考にはその速度に超えられない壁があり、この力を振るうには人間が持つ程度の思考速度では全く足りないのだろう。そう言えば、以前何処かの物理学者が思念は時間をも超えると言っていたが、確かにそれは否定出来ないかもしれないね。……あぁ、何て楽しいんだろうね。目の前には尽きぬ未知と興味で満ち溢れているよ!」
「うるっさい!!」
その高すぎるテンションに苛立ちが募っていく。目の前の敵を黙らせたくて、怒りと憎悪によって自身の対応速度を無理やり引っ張り上げていく。
――もっと速く、もっと強く、もっと深く、もっともっともっと!!
思考が加速していく。動きが加速していく。防戦一方だった戦いが、少しずつ拮抗していく。その動きはもはや、考えているというより反応しているに等しい動きをしていた。
けれど、それと比例するように私の苛立ちと憎悪も大きくなっていく。……それは、不自然なほどに。
敵の振るうハンマーをパリィし、開いた胴体にインパクト ストライクを叩き込むも今度は逆にこちらがパリィされる。
先ほどまで全くの素人だったその動きは、この戦いの中でどんどん洗練されていき、技能こそ使わないがその動きは私に近いものになっていた。
「昔から一度見たものは忘れない質でね。自分でも意外に思う程度には運動神経も悪くないんだ。ナツ君の戦い方は1つ1つにしっかりとした意図が込められていて、そして洗練されている。見ていてとても美しく、芸術品の様な戦い方だが……逆に私にはとても覚えやすいよ」
私の戦い方は、ロコさん達の経験と研鑽の結晶だ。その動き1つ1つに明確な意図があり、無駄が無い。けれど、今はその所為で追い詰められていた。
長い時間と努力によって手に入れた力を、大した事が無い物のようにコピーされる。その理不尽な才能に、悔しさと怒りで理性が吹き飛んだ。
私は大剣を取り出し、敵目掛けて大振りに振り落とす。技もへったくれも無いそんな幼稚な攻撃は簡単に見切られ、容易にパリィされる……かと思われた。
「あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝!!」
「何っ!? がはっ!!」
ジャストのタイミングで合わせられ、パリィによって弾き返されるはずの大剣は、それ以上の力によってパリィごと叩き潰した。そのまま地面へと叩きつけられた敵に追い打ちを掛ける。その手には何の武器も持っていない。
予想外の出来事と地面へと叩きつけられた衝撃で無防備になった所へ、無数の拳が叩き込まれる。それは既に戦いではなく、相手を徹底的に叩きのめす為の行為、暴力でしかなかった。
尚も殴り続けようとする私に強い衝撃波が襲う。その衝撃波により吹き飛ばされながら、これが何なのかを思い出していた。
――これは……レキがロストした、あの時の!!
今でも鮮明に覚えている。レキのサモンリングが砕かれ、光の粒子となってハイエンスドラゴンへと吸収されていく、その光景を……。
「あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝!!」
吹き飛ばされた私はすぐに体勢を立て直し、再び大剣を手に持ち、ふらふらと立ち上がろうとするファイさんへと一気に距離を詰めて切りかかる。
それを見たファイさんは無意識にパリィで弾き返そうとするが、私はそれを気にも留めず大剣を振り落とす。それは先程と同じ光景であったが、結果は違っていた。……今度は叩き潰すのではなく、左腕を肩口から切り落としたのだ。
「がっ!? くっ、調子に乗るな!!」
「ごふっ!?」
勢いのまま大剣を振り落とし、無防備となった私にファイさんの蹴りが突き刺さる。
高いステータスから繰り出された蹴りを真面に受け、私は後方へと吹き飛んでいった。
「はは、痛いじゃないかナツ君。……痛い?」
左腕を切り捨てられた痛みから、自身に起きている異常に気が付き驚愕するファイさん。蹴られ、吹き飛ばされた事により、更に怒りと憎悪を募らせる私。
ここが分岐点だった。ゲームシステムを逸脱した2人の戦いから……正真正銘、怪物となった2人の戦いへと移行する。
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