235. 2人の申し子

 ロコさんやギンジさん、シュン君やミシャさんが消え、その後突然現れたファイさんは何故この様な事をしたのか掻い摘んで説明してくれた。

 そして私はそれを、皆が消滅していく様子を脳裏に映しながら静かに聞き続ける。


「……つまり、ファイさんは初めから私に目を付けていて、私を罠に嵌める事を計画していたという事ですか?」

「まぁ、平たく言うとそうだね。ナツ君の事は初回ログイン時の適性検査の時から知っていたよ」


 その返答を聞きながら、私は以前ギンジさんやロコさんと適性検査の話をした時の事を思い出していた。

 あの時ギンジさんは簡単な検査だったと言い、私は面倒な検査だったと認識に誤差が生まれていたのだ。その時はギンジさんに堪え性が無いと言われてしまったが、そもそも受けている検査内容が違っていたとは思いも付かなかった。

 その事に納得すると同時に、ある疑念に思い至る。


「……私の適性がテイマーだったのも嘘ですか?」

「あぁ、嘘だ。少なくとも、あの時点でナツ君にはテイマーとしての適性は全く無かった。そもそも、このゲームにおけるテイマーの資質とはマルチタスク能力による所が大きい。ナツ君にはその能力が無く、本来の適性結果では近接戦闘系となっていただろう」

「……本当に何もかも嘘っぱちだったんですね」


 私にテイマーの適性は無い。今まで苦労してきたバグモンスターとの戦いは全部が茶番だった。

 そんな事実を知れば知る程、私の心はどんどん重くなっていく。


「1つ聞かせて下さい。……レキを死なせる事は、最初から計画の内だったんですか?」


 これだけは絶対に聞いておかなければならなかった。正直に言うと、これまでの話を聞かされても、ロコさん達が消滅する様子を目の前で見せられても……ファイさんの事を恨み切れないのだ。

 レキにした事を許せない。ロコさん達にしたことを許せない。私達を騙していた事を許せない。けれど、今まで仲間だと思っていた想いが邪魔をして、全ての元凶であるファイさんを恨み切れないでいた。

 だから、レキの事を教えて欲しかった。……心から恨める理由が欲しい。


「それは誤解だ」


 けれど返って来た答えは、私が望む物では無かった。


「人は適度な困難と成果によってモチベーションを高く保つ事が出来る。ナツ君の支えとなっていたレキ君をロストさせれば、君はこのゲームを引退してしまうかもしれない。あの戦いの本来の筋書きでは、ある程度戦った段階でハイエンスドラゴンを逃がす予定だったのだ。いずれ倒さなければならない強大な敵と印象付けてね」


 ファイさんの説明は続く。


「クリスタルモールの戦いの時もそうだ。ナツ君を追い詰める為に罠に嵌めたが、完全な敗北となる前に助けを送り込んだのも、君の持つ強くなろうというモチベーションを高く保たせ、尚且つ与えるストレスを丁度良い塩梅にする為。……あぁ、そうだ。以前、数体のゾンビにMPKされそうになった時があっただろう? あの時、追加のモンスターを連れてこれないように、影で妨害をしたりもしていた。それも同様の理由だ」


 私はその話を聞きながら拳を強く握り込み、血を吐くように叫ぶ。


「それなら……それなら何で! 何でレキは死んだんですか!!」

「君たちが強すぎたからだ」

「……え?」


 一瞬、ファイさんが何を言っているのか理解出来なかった。


「君たちが私の想定している以上に強すぎて、危うくハイエンスドラゴンが倒されてしまいそうになってしまった。あのハイエンスドラゴンは、あの時点では最も完成度の高いサンプルだったからね。倒されてしまう訳にはいかなかった。……そこで、ギリギリの所で凍結の鎖で拘束すると同時に新たな能力を流し込み、危機を脱出してもらおうと思ったのだが、そこで想定外の能力を発揮してレキ君をロストさせてしまってね。だが、その後の事も考慮すれば、あれはとても嬉しい誤算だった」


 その言葉を聞き、私の感情は黒く染まっていった。


 ――私達が強すぎたからレキが死んだ? ……そんな事、納得出来るはずがない。……何が嬉しい誤算だ。


 私は私を囲む鉄格子に手を掛け、障子でも開けるかのように歪ませ外に出た。


「あぁ、やっとやる気になってくれたか。何時まで経っても臨戦態勢にならず話し込んでいるから、もっと起爆剤が必要かと考えていた所だ」

「……まだ何かする気だったんですか?」

「いや、ただ君のモチベーションになる餌を用意するだけだよ。『私を倒せたら皆を元に戻してあげよう』ってね」


 その言葉に私の動きが止まる。


「ここはプログレス・オンラインの世界とは切り離されたサーバーでね。本来なら整合性の問題で、ロコ君達を元に戻す事は出来ないのだが、この隔離された空間で消滅したのであれば元通りに戻してプログレス・オンラインに復帰させる事が出来る。……モチベーションは上がったかな?」

「はい。……ファイさんを倒す理由が増えて嬉しいです」

「それは良かった。私としても最後の実験の為に、どうしても全力のナツ君と戦う必要があるからね。……本来なら、システムを侵食し書き換えてしまう君と戦っても勝てないだろう。けれど……」


 そう言うのと同時に、ファイさんの周りに4体のモンスターが出現する。

 ハイエンスドラゴン、ビリディア、ガイアタートル……そして、成体の姿になっているレキ。


 ファイさんがレキの頭に手を置くと、レキの体は光の粒子となってファイさんの指へと集まる。そこに出現したのは、心合わせの指輪だった。

 そして、残り3体とファイさんが融合する。


 ファイさんの何時もの服装。タイトスカートに白いシャツ、そしてその上から羽織る長い白衣にハイヒール。どう見ても戦う服ではないが、そこに融合されていくモンスターの特徴が付与されていく。

 背中からハイエンスドラゴンの翼を生やし。左腕からは爬虫類の様な鱗が生えて、手の甲には亀の甲羅のような籠手が出現する。髪は白く染まり、瞳を黄金に輝かせている。


「君は確かにフルダイブ世界の申し子のような存在だ。けれど、レキ君という媒介を得る事で、私も君と同じ力を得たんだよ。……あぁ、そうだ。もし良かったら、この勝負で君を負かした後、またこれからも研究を手伝って貰えないだろうか? 私1人でももう大丈夫だろうが、研究サンプルは多いに越した事はないからね」


 私はファイさんの指につけているレキの指輪を見つめながら、心を更に深く濃く、どす黒い感情で染めていった。

 そしてファイさんの申し出に返答する。


「クソくらえ……です」

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