234. ファイレポート 2

 プログレス・プロジェクト。それは、感応能力者を集め、育て、再現性のある能力へと昇華させるプロジェクトだ。

 その為に私は、それら全てを効率的に行える環境として、当時から期待されていたフルダイブシステムのゲーム転用に目を付けた。

 ゲームとして注目を集めれば多くのサンプルを集める事が出来、ゲームシステムの中で感応能力者を探し出し、調査・実験する環境を整える事が出来れば効率的だと考えたのだ。

 

 それから私はそれまで勤めていた会社を辞めて独立し、独自にフルダイブシステムを使ったゲームを開発する新会社を設立し、フルダイブシステムのゲーム転用における問題点を洗い出すため、他ゲーム企業への技術協力も行う事にした。

 それだけでなく、感応能力の発揮に感情が関係している事が分かっていた私は、心理学者や脳科学者、更にはカウンセラーなどをヘッドハンティングして本格的に”心”についての研究も進めていった。

 そうして1から作り上げていった、感応能力の実験場がプログレス・オンラインだ。


 プログレス・オンラインは実験場として最適な環境に作り上げる事が出来た。

 ゲーム開始時に必ず行ってもらう適性検査で、そのプレイヤーに感応能力が備わっているかを調査。

 定期的なイベントや、感応能力者に偶然を装ってトラブルを起こし、プレイヤー達の反応を調査。

 感応能力の移植実験を行うモルモットとして、疑似的な感情を持たせた高度なAIを開発し、モンスターを含めた全てのNPCに搭載。


 他にも、周囲のプレイヤーの感情に影響を与え、疑似的に殺気や恐怖、憧憬や畏怖などを疑似的に感じさせるアイテムとして十二天シリーズを作った。

 そして突出した力や個性、才能を持つ者を選定し、この十二天シリーズを提供する環境を整えた。


 それらの環境により、私は多くのサンプルを集める事が出来、更には感応能力を発揮した際のサンプリングデータをモンスターに移植する事によって、簡易的ではあるが他者に感応能力を付与する事に成功した。……だが、実験の成果はそこまでだった。

 付与出来た能力は限定的であったし、付与されたモンスターは暴走してまるで制御が効かなかったのだ。

 更に言えば、感応能力者の育成実験も全く上手く行かなかった。


 実験が停滞を見せ始めた頃から数年が過ぎ、その間もゲームとしてのプログレス・オンラインは成長していき、話題を呼んでより多くのプレイヤーを集める事には成功していた。

 そしてプログレス・プロジェクトに大きな転機がやって来たのだ。そう、今までに類を見ない異常なレベルの感応能力を持つ少女が現れた事によって。


「……彼女は正にフルダイブ世界の申し子だな」


 初回ログイン時の適性検査にて高い感応能力値を出してみせた少女。感応能力者が現れると私に通知が届くシステムになっていた為、私はすぐに彼女の存在に気付き、そしてその高い感応能力値に驚いた。

 この感応能力にはまだ分からないことが多い、と言うより分からない事の方が圧倒的に多い。だが、多くのサンプルを調査する事によって、感応能力者が無意識下で知覚している情報のほんの一部を探し出す事に成功した私は、その情報を使って感応能力の有無を調べるシステムを作り上げた。

 そしてそれは、能力の有無だけでなく、その能力の潜在的な高さまである程度調べる事も出来るのだが、その少女の能力の高さは異常なレベルだったのだ。


 私はすぐに適性検査を特別仕様の物に切り替えてその少女の事を調べ上げ、その結果、彼女の感応能力は高いが無意識下で反応を示しているだけであり、不壊オブジェクトを壊すなどのシステム干渉の兆しは全く無い事が分かった。

 けれど、彼女の感情を強く刺激してやれば、きっと今までにないサンプルが手に入る。更に言えば、現在停滞してしまっている感応能力の究明や発展、そして再現の研究が大きく進む可能性すらある。


 そこで私は、適性検査の中で手に入れた少女のデータを元に特別製のAIを搭載したピクシーウルフを作り出した。そして、彼女の適性をテイマーという事にして、偶然を装いこのピクシーウルフを彼女の元に向かわせた。

 何故そんな事をしたのか。それは、適性検査の中で彼女が動物、特に犬に対して精神的に大きな揺らぎを発生させる事が分かったからというのが1つ。そして、彼女のデータを元に作り上げたピクシーウルフと彼女が共に居る事によって、どちらかに何らかの変化が起きないかというちょっとしたテストのつもりだった。

 ……そして、その効果は劇的だった。


 ……


 …………


 ………………


「は、ははは……何だこれは……ありえない」


 ハイエンスドラゴンとナツ君との戦い、ナツ君はレキ君の危機によってその力を覚醒させつつあった。

 以前から精神的に高揚してくると、本来プレイヤーが参照出来ないはずのデータを取得したり、デバイスの処理装置にまで干渉して自身の知覚速度を向上させるという理解不能な現象を起こしていた。

 だがこれは、それを遥かに超えている。……ナツ君はゲームシステム、つまりプログレス・オンラインの世界そのものに干渉し、侵食しているのだ。


 本来24時間のクールタイムに入っているはずの十二天シリーズを、システムを侵食改ざんして即座に再使用した。

 本来破壊出来るはずが無いハイエンスドラゴンの障壁を、空間情報を侵食改ざんして無理やりこじ開けようとしている。

 

 これらは高度なクラッキング技術で行っているのではない。では、どうやってナツ君はそんな事をしているのか。……精神だ。

 何をオカルトのような事を言っているのかと思うだろうが、現実そうなのだ。ナツ君は心で、精神で、感情で、この世界を上書きしているのだ。


 この時、私は確信した。

 ナツ君の感情をもっと強く刺激してやれば、その能力は更に成長する。そして、私の研究は完成すると。


「素晴らしい……遂にこれで、”プログレスが進みだす”」

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