233. ファイレポート 1

 この世界は奇跡で出来ていると気付いたのは、私が5歳の頃だった。

 木から舞い落ちる1枚の葉が私にはとても美しく見え、私はその木によじ登って葉を降らせ、同じような光景を再現出来ないかと挑戦したんだ。けれど、何度挑戦しても同じ光景は再現出来なかった。

 私はこれでも記憶力には自信がある方で、一度見たその光景を鮮明に覚えていた。そして、その光景をどうしてももう一度見たくて、試行錯誤で色々な事を試し続けた。

 その結果、『この世界は奇跡出来ている』と理解した。


 同じ葉を使おうと、風の入らない部屋で試そうと、時間や湿度まで注意して試そうと、上から降らせた葉は1度とて同じ落ち方をする事は無かった。

 この結果は私を魅了し、いったい何の要素が葉の落ち方という事象に起因しているのか知りたくなり、インターネットを通じて多くの人に実験結果を公開し、落ち葉の動きを再現する方法を多くの者と共に考察を始めた。

 その過程で4ヶ国語程覚えて、いつの間にか落ち葉プロジェクトという名前の企画が生まれ、それに色んな国々の学生や教授、はたまた何処かの研究員やエンジニアなどが集い、ちょっとした騒ぎになったのは私が8歳の頃だったか。


 そうした予想外に大きくなってしまったプロジェクトによって判明したのは、同じ落ち葉の動きを再現する事は不可能だという事だった。

 けれど不思議な事も1つあった。それは、その時期に存在していた世界最高峰と言われる物理演算システムを使っての実験では、同じ落ち葉の動きを再現出来ていたという事だ。

 何故現実世界では再現出来ない物が、最高峰の物理演算システムでは再現出来てしまうのか。つまりそれは、現実世界の物理法則をシステムが再現出来てないという事なのではないのか。その時の私はその結論に行き着いた。

 落ち葉の動きを現実世界で再現する事は不可能だという答えに行き着いた私は、次にこの現実世界を完璧に再現した物理演算システムの構築へと情熱を注ぎだした。


 そのプロジェクトを新たに立ち上げた際、前段階の落ち葉プロジェクトで知り合った教授からの誘いで、私は9歳でその教授の居る海外の大学へと入学し、その後5年の歳月を掛けて今のプログレス・オンラインの基礎となっている物理演算システムを完成させた。

 私は自分の興味がある事以外まるで無頓着だったため知らなかったのだが、どうも私の物理演算システムの研究には多数の企業が出資していたようで、システムの完成と同時にそのシステムが世界中数多の機関に導入される事が既に決まっていた。

 

 勿論、システム開発を主導していた私は色んな所から誘いを受けたが、その中で私が選んだのが、当時最先端のフルダイブシステムの開発をしていた企業だった。

 当時のフルダイブシステムはまだまだ発展途上で、実用化する為には超えなくてはならない壁がいくつもあり、特にフルダイブする世界の構築が未成熟過ぎてフルダイブ時に人の脳に強いストレスを与えてしまうような代物だった。……まぁ、言ってしまえば、使い物にならない玩具の様な代物だ。

 けれど、物理演算システムを完成させた私に新たに生まれた願望、『自分の作り上げた世界に入ってみたい』を叶える為には、とてもやりがいのある課題だったよ。


 それからフルダイブシステムを研究開発すること3年。私はフルダイブシステムに幾つものブレイクスルーを起こし、何とか実用にたるフルダイブシステムを構築する事が出来た。

 そのシステムは医療や多分野の研究機関、中には軍事訓練用など様々な分野で導入される事になり、その時期はそれこそ目の回るような忙しさだったよ。

 ……そして、この世界は奇跡で出来ているという事を強く再認識させられる出来事が起きた。


「秋元さん、また不壊属性のオブジェクトが壊れているみたいなんだ。済まないけど、また調査をお願い出来ないかな?」

「またか。システム管理者でしか干渉出来ないはずのオブジェクトに、どうやって干渉出来ているんだ……」

「フルダイブシステムはまだまだ発展途上だし、秋元さんが作った物理演算システムはとても高度な分、制御がとても難しいからね。バグが出るのは仕方ないさ」


 未成熟なシステムにはバグが付き物。確かにそうかもしれない。だがそれは一般的な話であって、私が作り上げたシステムに関して言えば、何度もバグが発生する事の方が不自然だったのだ。

 そしてそんな不可解なバグ現象をサンプリングし、調査を進めていくことで2つの事実が判明した。


 1つが、この原因不明のオブジェクト破壊が起きる時は、何時もフルダイブしている者の感情が大きく揺れていた時だった事。

 2つ目が、この現象を引き起こした者には、システム側が提供している五感情報以外のデータを知覚していた事。

 いったい何を知覚しているのか、どうやって知覚しているのかは不明で、知覚出来る範囲も人によって様々。私はこの2つが、本来不可能なはずのオブジェクト破壊の要因だと仮定し、特殊な知覚能力を持つ者を感応能力者と呼ぶ事にした。


 バグを調査していく事でこの仮説に行き着いた時、私はとても興奮したよ。私が構築した現実世界と限りなく近いはずの世界で、絶対壊れないはずのオブジェクトを破壊しうる能力を人が持っている事に。

 それは人の持つ可能性であり、奇跡の体現であり、世界の大いなる秘密の様にも思えた。


 そして私が21になった時。一部の者だけが持つ感応能力を更に発展させる事で、どれ程の事が出来る様になるのか。その感応能力を他の者でも再現出来ないかを研究する『プログレス・プロジェクト』を立ち上げた。

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