232. 死力を尽くした戦いの先で見たもの

 その戦いでは、全員が死力を尽くしていた。

 シュン君とギンジさんは常時HP減少のデメリットが付いているエナジーバーを食べて、攻撃力を限界まで上げて攻撃を繰り返し。ミシャさんはロコさんが召喚したステージの上で、歌唱と演舞のスキルを使って味方にバフを敵にデバフを掛け。ロコさんは全てのペットを使ってメナスガーヤカ本体を攻撃しながらも、パーティー全体のバフとHP・スタミナ管理を行っていた。

 そして私は……。


 ――避ける。弾く。いなす。止める。……もっと深く。もっと速く。


 私に出来る事を愚直に繰り返し、そして更に力を求める。その思考速度は既に限界を超えており、もはや考えているのか感じているのか分からないレベルで判断し、行動していた。

 そうして更に更にと力を求めていると、何処かの段階で不思議な感覚に目覚めた。どんどん自分と周りとの境が分からなくなっていき、周りの動きが、敵と味方の思考が、世界の流れが、五感ではない何かで理解出来るようになっていったのだ。

 それは、何となくというレベルではなく『理解』だった。


 そうした感覚の中で戦いながら、私はバグが『異物』であるという事に確信を持つ。

 過去出会ったバグモンスターはデータを書き換えられたのではなく、何かを植え付けられたのだ。そして、今目の前にいるメナスガーヤカは、完全にその異物と適合してしまい、その存在そのものが世界にとっての異物になってしまったのだ。

 

「光龍、イクスチャージじゃ!」


 ロコさんが持つ手札の中でも最高火力を叩き込む為、光龍にイクスチャージ技を指示する。光龍はその大きな口をガバっと開けると口の前に白い光のエネルギーを充填し始め、そこには巨大なエネルギーの塊が生み出されて行った。

 そのエネルギー量に危機感を覚えたのか、今まで一心不乱に私を攻撃し続けていたメナスガーヤカが光龍の方へと振り向く。


「……駄目」

「パゥウ˝ウッ!」


 光龍を攻撃しようと動くメナスガーヤカを見た私は、無意識にメナスガーヤカの方へと手を伸ばし……その動きを止めた。

 技能を使ったのではない、魔法を使ったのでもない、ただメナスガーヤカへと手を向け、何かに干渉したのだ。


「……今、私何を……ぐっ!?」


 自分が無意識にやった事を自分で理解出来ず一瞬呆けてしまうと、その後酷い眩暈と頭痛が私を襲う。


「ナツ、どうしたのじゃ!?」

「おい、何か知らねぇがナツの様子がおかしい! 一旦引くか、ファイに頼んでナツを強制ログアウトさせた方が良いんじゃないか?」

「……大丈夫です。まだ戦えます!」


 ここまで来たのに、あと少しでレキを生き返らせることが出来るかもしれないのに、ここで逃げる事なんて出来ない。そんな思いで酷い眩暈と頭痛をねじ伏せ、無理やり体勢を立て直す。

 メナスガーヤカは先程の私の行動に酷く危機感を覚えたのか、今まで以上にがむしゃらに私を攻め立てた。


 ――何これ。情報が襲って来る!!


 先ほどまで処理出来ていたはずの情報の波をまるで処理出来ない。それなのに、大量の情報が私の方へと流れ込んできた。

 自分の耳で周りの音を聞いているのと同時に、あらゆる音が同時に聞こえてくる。自分の目で見ているのと同時に、あらゆる視覚情報が見えるくる。

 五感情報以外のよく分からない情報までもが私へと襲い掛かり、私は大量の情報に頭がおかしくなりそうになりながらも、気合いで戦い続けた。


「皆、気合いを入れよ! 少しでも早くこ奴を倒すぞ! 光龍、エレメンタルブレス!!」

「分かっちゃいるが……ん? こいつ、防御性能が戻ってるぞ!」

「分からない事だらけですが、チャンスである事は間違いないみたいですね! ストライク ラッシュ!」


 何故か2度目の変異によって身に着けていた高い防御性能が無くなり、突然攻撃の通りが良くなった。

 ……何故かとは言うけれど、恐らく私がやった事だ。先ほど私が、メナスガーヤカの何かに干渉したのだ。


 そこから、皆の怒涛の攻めによってメナスガーヤカのHPはどんどん削られていった。……そして。


「血華修羅一刀!!」


 血華修羅一刀。自身の体を刀で貫いてHPを減少させる『腹切り』という技能を前段階として使い、その際のHP消費量によってダメージ量にプラス補正を掛けるギンジさんの持つ最高火力。

 真っ赤に染まった刀で繰り出される最高火力により、メナスガーヤカはそのHPを全損させ、光の粒子となって消えていった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

「ナツ、大丈夫かえ?」

「はぁ、はぁ、はぁ……はい、大丈夫です……」

「いや、全く大丈夫な様には見えないのじゃ。やはり此処は一旦戻って態勢を立て直した方が……ッ! 今度は何じゃ!?」


 メナスガーヤカとの戦いが一段落し、皆が一息ついていると突然世界が歪みだした。そして、一瞬の強い光に見舞われ目を瞑り、ゆっくり目を開けると……私は檻の中に閉じ込められていた。

 私1人が鉄格子の檻の中に閉じ込められており、私以外は全員檻の外に居る。


「一体何が……なっ!?」


 この状況に皆が困惑していると、私以外の皆が身に着けていた腕輪が突然黒く輝きだす。それは、バグモンスターとの戦いに有効に働くかもしれないと、ファイさんから受け取っていた腕輪だった。

 腕輪からは黒い光がアメーバの様に這い出し、装着者の体を侵食していく。


「こいつはやべぇな。どうにもなりそうにねぇ」

「これ程の理不尽を感じたのは……久々ですね」


 この突然の状況をギンジさんとシュン君は冷静に受け止め、ある種諦めのような達観を見せていた。


「これは……どうにもならんか。……ナツ、この杖は渡しておく故、好きに使うのじゃ」


 ロコさんは自身が持つ焔摩天の杖を、檻の中に居る私に手渡してきた。

 私は目の前で起きている事の理解を拒み、放心し、手渡された杖を無意識のまま掴んだ。


「はぁ~。まさかここまでやるとはね。……ナツちゃん、最後まで自分らしくね。そんでもって、こんな茶番はさっさとぶち壊しちゃって♪」


 ミシャさんは黒い光に蝕まれている事を気にも留めず、ウインクをしながら私を応援する。

 ……そしてそのまま、私以外の全員が黒い光に包まれて消滅していった。



「茶番とは酷い言い草だね。これでも準備に多大な労力を掛けているのだが。……ナツ君もそうは思わないかい?」

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