230. パーフェクトプレイヤー

 人生には度々、突然の理不尽が襲い掛かって来る事がある。ハイエンスドラゴンのバグモンスターがそうであった様に、メナスガーヤカのバグモンスターもそうだった。


「ッ! 警戒してください! メナスガーヤカが、何かをやる気です!」


 私達の戦いが順調な滑り出しを見せる中、メナスガーヤカの瞳が怪しく輝き出した事で状況は一変する。

 私はその雰囲気から何かが起きる事を察知するが、その行動はキャンセリングタイムの有効範囲外の様で、私はその未知の行動に対して警戒する事しか出来なかった。


 ……そしてその理不尽は顕現した。


「パゥウ˝ウ˝ウ˝ウ˝ウ˝ウ˝ウ˝ゥゥゥン!!」


 一瞬メナスガーヤカの体がブレ、そして3体に分裂した。分裂したメナスガーヤカからは薄黒い光を放ち、本体と変わらぬ威圧感を発している。

 そして変化はそれだけでは無かった。以前、ビリディアのバグモンスターは20体の光の精霊を召喚したのだが、メナスガーヤカも同じように闇の精霊を20体召喚したのだ。


「全体攻撃手段の多いメナスガーヤカが3体って、笑えませんね」

「おいおい。笑えねぇどころか殆ど悪夢だろ、これ」


 ビリディアの能力は数による力を体現したような物で、パーティー戦において1人でタンクを務めるのは難しく、ビリディアとの戦いは2パーティー以上で戦うのが推奨されていた。

 そしてメナスガーヤカは耐久力と攻撃力の高さ以上に、全体攻撃頻度の高さからパーティーに対しての殺意が高すぎると定評のあるボスモンスターだ。

 そのメナスガーヤカがビリディアの持つ数の力を身に着ける。それは正に悪夢としか言いようがない。


「う~ん、強化され具合が半端じゃないね。この子ってば、パブリックエリアのビリディアを食べちゃってたのかな?」

「……多分違うと思います。今までのバグモンスターは元々変化が起きていた感じですけど、このメナスガーヤカは今まさに変異したような感じがするんです。……何となくですが」


 これは、バグを何となく感じる事が出来る私だからこそ分かる感覚だった。

 バグ化による仕様の変化、他者を捕食する事によって起きる変化。それらはその時点で起きる物であり、途中から何の切っ掛けもなく突然変化が起きるという事はなかったのだ。……そう思った時、1つの違和感が私を襲う。


 ――そういえば、ハイエンスドラゴンとの戦いで感じた違和感は……突然の変異に対しての物だった?


 私が毘沙門天を使いハイエンスドラゴンを追い詰め、運営スタッフによる凍結の鎖で拘束された時、私は何か違和感のような物を感じた。

 今思うと、あれはハイエンスドラゴンのいう存在が突然変異し始めた事に対しての違和感だったような気がする。今まで遭遇してきたバグモンスターの中でも、あの時の変化は明らかにおかしかったのだ。


 メナスガーヤカの変化を観察し、そんな考察を続けていると、突然メナスガーヤカ本体がドシンッという大きな音を立ててその場に身を落とした。


「どうやらリスクのある変化だったみてぇだな。……ナツ、お前さん1人で取り巻きの相手を出来るか?」

「それは……」


 もしあの2体の分身体が本体と同じ能力を持っている場合、2体を受け持つだけでも手一杯だった。けれど、今は「無理です」なんて言える状況ではない。

 私は意を決してギンジさんの問い掛けに応えようとしたが、それはロコさんによって阻まれた。


「わっちが精霊共のヘイトを受け持とう。召喚魔法のライトオンステージも使う故、ミシャはバッファーとデバッファーを頼む。スタミナ回復もわっちが受け持つ故、派手にやるのじゃ」

「おっけ~♪ 派手にやっちゃうよ♪」

「ま、待ってください!? ロコさんは既にいくつもの役割を担ってるのに、バッファーとデバッファーをミシャさんに任せるにしても、ヒーラーとタンクを兼任するなんて!」

「ナツよ、何を言っておる。ミシャはサブのバッファーとデバッファーじゃ。わっちがやるのはヒーラー兼バッファー兼デバッファー兼アタッカー兼タンクじゃ」


 そんな事を当然の事のように言い放つロコさんに、私は唖然としてしまう。


「おい、悠長に話し合ってる時間は無いみてぇだぞ。もし、無理が出るようなら全員でフォローすっから兎に角やるぞ」


 変化が完全に終えたのか、2体の分身体と20体の精霊が動き出す。そこで、これ以上話し合う時間は無いとギンジさんに促され、ロコさんの提案のままに戦闘を再開する事となった。


「まぁ、安心して見ておくのじゃ。……焔摩天」

 

 ……


 …………


 ………………


 本物の理不尽な存在は、バグモンスターなんかじゃなくて、ロコさんなのかもしれない。そう思えるだけの光景が、今目の前で起きていた。


 ロコさんは焔摩天を発動した後、自身の装備を全て最大MP上昇やMP自然回復量上昇の装備へと切り替えた。そして更に、自身にMP自然回復量上昇の魔法を重ね掛けする。

 焔摩天は『HPに作用する魔法の効果量を大幅強化』『任意の対象とHPを共有化』という効果と、『1分に1体以上のモンスターを倒せなかった場合、効果を強制終了』という制限を持つ十二天シリーズだ。

 この効果を使って全員のHPを共有化する事で、自身を回復するだけで全員のHPを回復する事が出来るようになった。


 そうやって戦いの準備を整えた後のロコさんは、本当に凄まじかった。

 白亜と黄月、そして自身の魔法によって精霊たちのヘイトを取り、タンクを務め。その間にも全員のスタミナを管理して適切に回復魔法を飛ばす。

 勿論、全員に付与したバフの重ね掛けも欠かさないし、時折メナスガーヤカの分身体にバインド系や視界不慮等の行動阻害魔法を掛けて私を支援してくれている。

 ……更には、今はうつ伏せて動かないメナスガーヤカ本体に思念の宝珠を着けた光龍を使って攻撃を仕掛け、アタッカーまで熟している。


 どうやっているのか分からないが、何とロコさんはこの場の全体を正確に把握し。全員のスタミナと掛けられたバフの効果時間、そして自身の持つ数々の魔法のクールタイムを完璧に管理し。パーティーの中心となって、この戦いを完全に掌握していたのだ。


 ロコさんこそが理不尽そのものであり、プログレス・オンラインで唯一絶対のパーフェクトプレイヤーだった。

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