228. リベンジ

 消耗品の補充と、短い時間ではあるけれど休息も済ませ、最終決戦に向けての準備が整えられた。


「完成するのがギリギリになってしまったが、この腕輪も渡しておく」


 そう言ってファイさんが手渡してきたのは、装飾も何もない金の腕輪だった。


「これは、これまでのナツ君の戦闘ログを解析して作った腕輪だ。効果検証が出来ていないため効果の程は実地で確かめるしかないが、バグモンスターへの有効な攻撃手段になる可能性がある。まぁ、お守り程度のつもりで装備しておいてほしい」


 以前、私がバグを消去したクリスタルモールを解析し、解析結果をキャラデータに適応する事によって、キャラデータにバグモンスターからの攻撃に対する耐性を付与する事に成功した。

 そこで今回、ファイさんの方で私の戦闘ログなどを解析し、通常時とバグを消去した時のキャラデータの差異を抽出して腕輪の形で構成したそうだ。

 ただし、クリスタルモールの時と同様に、その差異によって何故そんな現象が起きるのかは全くの不明であり、本当に効果があるのかどうかも分からない代物らしい。

 クリスタルモールの時は差異データの適用で上手くいったので、もしかしたらこちらも上手く行くかもレベルの物であり……つまり、お守りなのだ。

 ちなみに、遠隔アップデートも出来る様なので、今の状態で効果が無くてもこれからの私の戦闘ログを使って、バグモンスターに有効な物になる可能性もあるらしい。


 その腕輪は元々私の戦闘ログから作られた物なので、私以外のメンバーが着ける事となった。

 

 ――私以外が全員お揃いの腕輪を着けているの、ちょっと羨ましい……。


 そんな一幕もありながら、私達はノーラ神殿へと向かった。


 ……


 …………

 

 ………………


「神殿への扉は僕が開けますね。開けた瞬間攻撃されても、多分僕なら避けられるので」


 ノーラ神殿への扉を映す手鏡を手に、シュン君が天空島の中央へと向かい、鏡越しに扉に手をかけて開ける。

 カチャリという音と共に開かれた扉の先は……何時もと変わらないノーラ神殿だった。


「最後のバグモンスターの隠れ家って聞いてたので、もっとバグっぽい感じになってるのかと思いました。……バグモンスターが隠れてるサーバーには繋がってるんですよね?」

「そこはファイがしっかりしておるはずじゃから、問題ないとは思うが。まぁ、この先にあるノーラの鏡がある部屋まで行けば分かるじゃろ」


 神殿の中は本当に何時も通りの光景だった。

 そんな光景に不安になりながらも先へと進み、ここに来て初めての異常に気付く。


「……あれ? 何時も居る神官さんが居ませんね」

「じゃな。つまり、ここは通常とは異なるサーバーで間違いないのじゃろう」


 このノーラ神殿が普通の環境でない事を確認出来た私達は、更に警戒心を上げて先へと進んだ。……そして、鏡の間へと辿り着く。


「うひゃ~、これは何とも『バグに侵されてます!』って感じの鏡だね」


 ランダムにモンスターを映し出し、そしてプレイヤーを戦闘用エリアへと転移させる姿見がそこにあった。

 しかし、その姿見は今まで私が見て来た物とは全く異なっており、全体的に黒っぽく曇り、形が歪に歪み、あちこちのテクスチャがバグで壊れていた。

 

「よし、じゃあサクっと片付けて祝勝会挙げんぞ」

「……ギンジよ。お主、わざと死亡フラグ立てておるじゃろ」

「死亡フラグ立ってるような戦闘の方が燃えんだろ?」

「お主だけが勝手に死んでおけ」


 皆の緊張を解す為か、そんな軽口を交えつつギンジさんは姿見の前に立ち、何も映さない歪な形の姿見に触れた。

 その瞬間景色は一変し、目の前に巨大な象『メナスガーヤカ』が出現する。


「大量のバグモンスターが襲って来るのかと思いましたが、行儀よく1体ずつなんですね。……それにしても、あのメナスガーヤカはバグモンスターなんでしょうか?」


 シュン君がそう疑問視するのも無理はなかった。

 目の前に出現したメナスガーヤカはバグモンスター特有のテクスチャのバグが無く、通常のメナスガーヤカとの違いは見当たらなのだ。……けれど。


「シュン君、あれはバグモンスターだよ。……メナスガーヤカの全身から以前何度か感じた事がある異物を感じる」


 それは、ギースやクリスタルモールとの戦いで感じた感覚だった。

 キャラデータの全身に、気持ち悪い何かがアメーバのように這いずり広がっているような感覚。けれど、このメナスガーヤカから感じる異物感は、今までの物と少し感じが違っていた。


 ――何だろう……。体の中で異物が本体を侵食していっていると言うよりは、本体そのものが世界からの異物になってるような。


 メナスガーヤカから受ける感覚を言語化しながら考察を進めていると、私達を見ても不動だったメナスガーヤカが遂に動き出した。


「おっと、やっと動き出したみてぇだな。……よし、ナツ。最初はヘイト勝負でもするか? お前さんがどれくらい成長したか、実地で見極めてやる」

「今はそんな場合じゃないですって言いたい所ですが。……その勝負、受けて立ちます!」


 私は自信に満ち溢れた笑みを浮かべ、ギンジさんにそう言い返した。

 以前、最大強化された心合わせの指輪の力を確かめる為に猛威の樹海へと向かった私は、『全然負ける気がしない』と息巻いて挑み、そしてメナスガーヤカに瞬殺された経験がある。

 そして、盾スキルを上げてパリィが出来るようになり、技巧師のパッシブバフを手に入れてキャンセリングタイムが使えるようになり、タンクとして少し自信を持った私は……ギンジさんとシュン君とのヘイト勝負に負けた。


 ――でも今は……全然負ける気がしない!!


 その発言が負けフラグで死亡フラグだって?

 ギンジさん曰く、そっちの方が燃えるらしいので全く問題はない。

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