226. 譲れない物

『うん、分かった。でも、危ない時はすぐに連絡頂戴ね』


 ――はぁ~。……時間を掛け過ぎたな。


 論理的に考えれば、さっさと増援を頼んで終わらせてしまった方が良いのは分かっていた。

 ……けれど、この相手にだけは負けを認めたくなかった。


 バグモンスターが溢れ出した6つのダンジョンの内、僕が担当する事になった『おもちゃ箱の迷宮』は、様々な玩具のモンスターとそれらを支配するピエロのダンジョンだった。

 誰にどのダンジョンを割り振るかを決めたのは主にギンジさんとロコさんだったが、このダンジョンの担当が僕に決まった理由はたった1つ、このダンジョンを支配するピエロのボスモンスター『ジャック・ザ・ファンタジー』がプログレス・オンライン屈指の機動力を誇るモンスターだったからだ。


 火力の差や技量の差は、単純な機動力の差によって簡単に覆る事がある。

 しかも相手は仕様通りに動かないバグモンスター。プレイヤーとしての特性を加味すれば、このダンジョンを僕が担当する事は当然の事だった。

 けれど、ここで問題が発生した。……ジャック・ザ・ファンタジーは僕より速かったのだ。


「キャハハハハハッ♪」


 ボス部屋には無数の箱や筒、鏡などが宙に浮かんでいる。

 そしてそんな中、気が狂ったかのように笑うピエロが、箱から筒へ、筒から鏡の中へと高速で僕の周りを移動し続けていた。


 僕はピエロを見失わないよう懸命にその動きを目で追い続け、四方八方から飛んでくる玩具のような見た目の短剣や爆弾を避けていく。

 攻撃を避ける事は出来るのだ。ただ、このピエロに追いつく事が出来ない為、こちらの攻撃を当てる手段が無く、戦いは泥沼化していた。


 僕はこのゲームを始めてからこれまで、ひたすらに速さを求めてプレイして来た。

 スキルは速さに直結する技能がある物を貪欲に取り入れて来たし、装備も機動力や反応速度を上げる為の物に特化した構成になっている。

 勿論ステータスや装備に頼るばかりではない。技術面においても様々な分野のプロの動きを見て覚え、更にこのゲームでの動きに特化させる形で進化させていった。

 自分で言うのもどうかと思うけど、この速さを求める執念は狂気じみていると自分でも思う。

 

 何故そこまでして速さを求めたか。

 それは、リアルではもう走る事はおろか歩く事すら出来ない故の選択であったし、単純に走る事が好きだったという理由でもあり……そして、何か1つだけでも『誰にも負けない物が欲しかった』という理由が一番大きかった。

 

 ――僕は自分で思っている以上に子供だったんだなぁ。……理屈より意地を優先するなんてね。


 この戦いが泥沼化しているのは勿論、このボスモンスターが僕より速いからだ。

 けれど、僕にはその速さすら超える手段を持っている。しかし、このダンジョンが最後の戦いでない為、ここで切り札を切る訳にもいかず、突破口を見付けられないままズルズルと終わらない戦いを続けてしまっていた。


 だが、僕はここでその制約を破る。

 その他のどんな分野で負けたとしても、速さだけは誰にも負けたくないから……。


「火天」


 十二天シリーズである火天の数珠を発動した事により、僕の体の輪郭がおぼろげになり、体の表面からは炎が立ち昇る。そしてその背には荒々しい真っ赤な炎の輪っかが出現した。

 火天の効果は任意のスキル値の減少と、減少した分を任意のスキル値に加算する事。その効果により、『筋力』『持久力』『蹴り』以外の全てのスキル値を『機動力』と『回避』に集約する。


 回避スキルが上昇した事により、僕の反応速度は大幅に伸び、高速で移動するピエロを正確に目視出来るようになった。

 そして、鏡の中から別の鏡へと移動しようとしているのを確認した僕は、即座にピエロとの距離を詰め、その顔を鷲掴みにすると地面へと叩きつける。


「キャヒッ!?」

「……僕より速く動く事は許さない」


 このジャック・ザ・ファンタジーはバグ化によって、幾つかの挙動と機動力が本来の物と違っていたが、言ってしまえばそれだけだった。

 元々、機動力特化で攻撃力も耐久力も低いボスモンスター。火天によるスキル値操作で機動力が上回れば、倒す事は容易い。

 そして僕は今からそれを証明する。


 地面へと叩きつけたピエロを蹴り上げ、次々に蹴り技能を叩き込む。

 以前ナツさんにクールタイム管理をやりやすくする為の方法として、事前に技能同士を繋げてループさせるコンボの作り方を教えた。

 これは複数の技能のクールタイムを秒単位で把握する才能の無い僕が、最大効率の理論値を叩き出す為に考えた方法であり、ひたすらに速さだけを求めた僕が格上の相手を倒すための執念の結晶でもあった。


 通常攻撃やエアウォークなどの動作補助技能も含めた数十パターンのコンボを作り出し、反復練習によって体と頭に覚えさせ、様々な状況に置いて最適な選択が出来るようになるまで実践を繰り返した。

 ギンジさんもスキル上げの為に、無茶な戦いを挑み何度も死んでいると言っていたが、プログレス・オンラインの全プレイヤーの中で最も死んだ回数が多いのは恐らく僕だろうという自信がある。


 そんな僕の怒涛のコンボ攻撃を延々と叩き込み、ピエロにはダメージエフェクトを散らす事以外何もさせなかった。

 

「インパクト ストライク」

「ギャァアアアッ!!」


 そして今、最後に繰り出した強烈な一撃により、ジャック・ザ・ファンタジーは光の粒子となって消えていった。


「はぁ~。……火天を使っちゃった事、皆に謝らないと」


 僕の子供っぽい一面を皆に知られる事に躊躇しつつも、ファイさんにバグモンスターの駆除完了の連絡を入れ、ギルドハウスへと帰還した。

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