223. ケイオスラーシャの巣 2

 敵が減っていない。ミシャさんからそう指摘されて、私もやっと今のマズい状況に気が付いた。

 確かにもう相当数倒しているはずなのに、敵はまだ周りに沢山いる。つまり、ダンジョンから追加のケイオスラーシャが出続けているのだ。

 その事に気が付いた私は、すぐにファイさんに連絡を取る事にした。


「ファイさん、今ダンジョンから溢れ出ているケイオスラーシャを倒し続けているんですが、敵の数が一向に減りません。ダンジョンの様子を調べてもらえないでしょうか!」

『済まない、今ロコ君達が対処しているダンジョンでトラブルが発生していて、ナツ君達のモニタリングに手が回らなかった。すぐに確認する』

「トラブルって……大丈夫なんですか!?」

『今、ロコ君とギンジ君の2名で当たっているが、正直状況は芳しくない。だが、今すぐどうこうなる程の事ではない為、今は目の前の対処に集中して欲しい。……今判明した、どうやらダンジョンボスのケイオスマザーが使うモンスター召喚の仕様が変化しているようだ』


 ケイオスマザー。『ケイオスラーシャの巣』のダンジョンボスであるこのモンスターには、5分毎にケイオスラーシャをお腹にある袋から召喚するギミックがある。

 けれどこの仕様がバグ化によって変化し、次々とケイオスラーシャを召喚し続けているとの事だった。

 これではいくら倒しても敵が減らないはずだ。


『そちらに増援を送りたい所だが、ロコ君達の所も今ギリギリの状態で、シュン君もまだまだ時間が掛かりそうな状況だ。なので2人で対処してもらうか、もしくはロコ君達がバグモンスターの掃討が終わるまで耐えて貰うしかない』


 ミシャさんと2人で対処するか、ロコさん達の助けが来るまで耐えるか。その選択肢を与えられ、どちらの方がよりリスクが少ないかを考える。

 ミシャさんの戦闘能力を考えると、私とミシャさんは2人で行動した方が良い。つまり、ここに残ってケイオスラーシャによるフィールド破壊を食い止めるか、ダンジョンに入ってボスを叩くかだ。

 けれど、フィールド破壊の規模が神AIの対処出来る範囲を超えればゲームが崩壊する。それならここで耐えて、ロコさん達が来るのを待つのが一番良い選択になる……けれど。


 ――今、ミシャさんのアイテムを大量消費して保たれてる以上、アイテムストックが切れたら耐えられない……。


 この増え続けるケイオスラーシャを相手に戦い続けられているのはミシャさんのお陰だ。

 この黒い霧を発生させているクレイジークレイジー製の霧玉は効果範囲が広い代わりに効果時間が短い。その為、1個2Mもするこの高級品をすでにミシャさんは何個も消費している。

 他にも様々な行動阻害の為のアイテムを消費し続けており、ミシャさんがどれだけのアイテムを持ってきているのか分からないけれど、そのリソースが無限でない事は間違いない。


「う~ん……ナツちゃん、頑張ったら30分以内にマザー倒して戻って来られるかな?」

「30分でですか!? ……このダンジョンのレベル帯だけみれば不可能じゃないとは思いますけど。……その間とその後はどうするんですか?」

「もしナツちゃんが30分で帰って来られるのであれば、私が毘沙門天を使ってこの子達の相手を引き受けるよ。その後は帰って来たナツちゃんにバトンタッチかな」


 ミシャさんのその提案に一瞬驚いてしまったが、よくよく考えてみれば私が今持っている毘沙門天の多宝塔は元々ミシャさんの物なのだ。私は一時的にそれを借りているに過ぎない。

 これは以前ファイさんに聞いた話なのだが、この十二天シリーズは二つ名を得た時や運営主催イベントの賞品として稀に配布されるレアなアイテムで、与えられる種類は完全なランダムではなくその人の適性を加味したアイテムが与えられるとの事だった。

 つまりそれは、本来の持ち主であるミシャさんの方が私よりも毘沙門天の力を引き出せるという事。


「……分かりました。出来るだけ速く倒してすぐに帰ってきます!」

「うん、よろしくね。毘沙門天が切れたらミシャお姉さん、即お陀仏だからさ♪」


 明るい声で物騒な事言うミシャさんに苦笑いを返し、私はインベントリから毘沙門天の多宝塔を取り出しミシャさんへと手渡した。

 その後、HP減少のデメリット付き機動力上昇エナジーバーを食べられるだけ食べ、魔法と技能で自身にバフを重ね掛けする。


「それじゃあ、行ってきます!」

「行ってらっしゃい♪ ……さて、私も偶には真面目に頑張るかなぁ~。って事で、毘沙門天!」


 ミシャさんが毘沙門天を発動させた為、制限時間は今から30分。

 やる事は前のダンジョン『瘴気の下水道』と変わらない。


 ――通路のモンスターは無視してボス部屋まで一気に飛んで行って、短期決戦でボスを倒す!


 ダンジョンのレベル帯で言えば、ボスを短時間で倒す事自体は難しくないはずだ。

 どちらかと言うと問題は迷わず短時間でボス部屋まで行けるかにある。……けれど、この問題は皮肉にも今起きているイレギュラーによって解決されている。

 

 基本的にダンジョン内の詳細マップは表示されず、中級レベル以降のダンジョンでは単純な一本道ではなく枝分かれや行き止まりのフロアなどが存在し、プレイヤーはそんなダンジョンを探索しながらボス部屋を目指す事になる。

 だが、現在ダンジョン内のモンスターが外を目指して進行し続けている。つまり、通路の詳細は分からなくても、マップでバグモンスターの分布を確認すれば容易にボス部屋までの通路が分かるのだ。

 延々とボスから生まれたバグモンスターが外を目指して移動しているこのダンジョンは、『瘴気の下水道』よりも更にボス部屋までの道順が分かりやすい。


「体術参ノ型<隠れ身>! エアウォーク! ラピッド ラッシュ!」


 私は出来るだけ通路のバグモンスターを引き連れて行かないように隠密スキルの技能で姿を消し、パルの翼とエアウォークによる加速で一気にダンジョン内の通路を飛んで行く。

 そして更なる加速を求めて、外を目指して移動するケイオスラーシャをラピッドラッシュで通り過ぎざまに切り付けて行った。

 

 重ね掛けされたバフとエアウォークによる急加速によって、狭い通路でのカーブに耐えられず何度か壁にぶつかりHPを削ってしまったが、その度に即時体勢を立て直し飛び続ける。

 そうしたかなり無理した強行軍の末、遂にボス部屋へと辿り着く。


 ボス部屋に辿り着くまでに掛かった時間12分。……残り時間18分。

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