215. 圧倒
『感情は偏りを生むの。だから頭や心から雑音を消せば、自分のポテンシャルを安定して引き出す事が出来る』
これは訓練中にミシャさんから教えて貰えた事だった。
『でもこれは、感情が悪い物だって事でも無いし、感情を消す事が良い事だって話でもない。つまりは使いようって事さ♪』
ミシャさんはそう言って、私に感情の扱い方を教えてくれた。
恐怖心の誤魔化し方。もう一歩先を目指す冒険心の引き出し方。怒りや喜びで乱されそうになる感情の整え方。
――やるべき事を絞って、感情を爆発させながら最高のパフォーマンスを引き出すやり方!
「シャドウ ラピッドラッシュ!」
感情のバロメーターを操作しニュートラルギアからトップギアへと切り替えた私は、心合わせの指輪で3体と融合を行って駆け出した。
私がやるべき事は『攻撃を捌く』と『切り裂く』の2つ。それ以外の事を頭から消し去り、私は意識を極限まで加速させていく。
先ほどまでの戦いで、バグ化したビリディアの事は大体分かった。
やっぱりこのビリディアは別モンスターの能力を獲得していないし、発生するイレギュラーもハイエンスドラゴンほど理不尽な物ではない。
多分まだイレギュラーは発生すると思うけど、私達ならその上で一気に畳みかけられる。……もうビリディアの底は見えているのだ。
「クゥウウウンッ!?」
ビリディアの背を駆け回り、精霊が放つビームを全て避けながらシャドウ ラピッドラッシュのコンボを稼いでいく。
防御貫通効果のあるシャドウ ラピッドラッシュによるダメージに驚いているのか、ビリディアは大きな鳴き声を上げながら私を振り落とさんと暴れまわる。
けれど私は、様々な制限下で大型ボスモンスターやシュン君と戦い続けて来たのだ。今さらこの程度の抵抗で体勢を崩したりなどしない。
私は加速していく世界の中で、1つ1つ丁寧に仕事を熟していく。
避けられる攻撃は避け、避けられない攻撃はパリィし、コンボが切れる前に攻撃を繋ぎ、面倒な攻撃の発動は止める。
「バックスタブ!」
「クギュンッ!?」
ビリディアの全体魔法をキャンセルする為にコンボを止めたが問題はない。
以前までの私は、ラピッドラッシュで大きく機動力を上げ、その後コンボが途切れると体勢を大きく崩してしまっていた。
けれど、今の私は高い集中力と訓練によって培ったバランス感覚で、コンボが途切れても体勢を崩す事はなく戦いを継続する事が出来るようになっている。
機動力の大きな変化に意識を合わせて、慌てる事なく攻撃を捌いてく。精霊の攻撃は勿論、分身体の突進攻撃も、その動向を見失わず追えていれば避ける事は難しい事ではない。
一手狂うだけで大きく戦況が不利になるような状況で戦い抜いている事に、リズムゲームでPERFECTを出し続けているような気持ち良さを感じてテンションが天井知らずに上がっていく。
そしてそんな戦いが暫く続き、ビリディアのHPが3割を切った時。更なるイレギュラーが発生した。
「うわぁ、精霊の数が20って……。一匹ぐらいくれないかな、ホント!」
テンションが上がり過ぎて若干ハイになっている私は、そんな事を叫びながら次の行動をとった。
「体術参ノ型<隠れ身>」
隠密スキル50の技能で一時的に姿を消し、ビリディアから少し離れた所に飛び降りて融合を解除する。
「フォーシス エンハンスメント! アイスサンクチュアリ!」
フォーシス エンハンスメントとは調教スキル90で使える技能で、その効果はペットが持つ特殊技を引き出す技能だ。
そしてその技能によりパルの特殊技『アイスサンクチュアリ』を発動する。
「パルゥ!」
パルを中心に大きな氷で出来た円が描かれる。この円より内側は聖域だ。外から攻撃が加えられると、聖域と外との境界に氷の壁が発生して聖域内を守ってくれる。
ただし、この結界は攻撃を受ける度にMPを消費し続けるので、MP管理を怠るとたちまち結界が保てなくなってしまう。……だから。
「シンビオティック リンク!」
調教スキル技能でパルと私のHP・MPを共有化する。
これで結界のコストは私からも消費され、自身にMPポーションを使えば暫くは結界が保てる。
そして私は最後の布石を打つ。
「フォーシス エンハンスメント! マーベルカウント!」
「くまぁ!」
私がモカさんの特殊技を発動させると、モカさんの頭上に大きな懐中時計が出現した。
この懐中時計は最大で30秒のカウントを行い、30秒が経つと『カウントアップ』『カウントバスター』『オーバーカウント』のバフが全て最大値の状態で付与される。
どのペットも特殊技のクールタイムは8時間なので、ここぞと言う時の切り札だ。
「クロ! 最後は2人で駆け抜けるよ!」
「キュッ!」
気合十分の返事に満足した私は、心合わせの指輪でクロと融合する。
「神化! 毘沙門天! ウルフ シャウト!『アオーン!』」
そして20体の精霊、2体の分身体、ビリディアの居るど真ん中に走り込んでいった。
私の役目は敵の目を私に向けさせ、カウントを取るモカさんに攻撃が向かわないようにする事。
一応結界はあるが、あれはあくまで保険であって、敵全体からの総攻撃を受ければMPポーションを使う間もなく結界が壊れてしまうのだ。
「マジックアロー!」
パルの翼が無い今の私は空を飛ぶことが出来ず、全力で地を駆けながら敵の猛攻を掻い潜らなければならない。
なので私は、今まで使ってなかった遠距離攻撃魔法も駆使しながら少しでも敵からの攻撃を減らし、このヒリつく戦場を駆け抜けた。
エアウォークで飛び退き、リアルでは絶対出来ないアクロバティックな動きで精霊たちの弾幕を避け、そんな最中にも遠距離魔法で精霊を打ち抜く。そんな常軌を逸した動きを見せる中で私のボルテージは最高潮に達していた。
自然と顔がにやけて来る。何でも出来てしまうような、何処までも強く速くなっていけるような、この全能感はどこまでも気持ちが良いのだ。
……けれど、そんな心地良さを感じる戦いももう終わる。
30秒のカウントが終わり、懐中時計が消えてモカさんが輝き出している事を確認した私は、弾幕を掻い潜りながらモカさんとパルの元へと駆けて行った。
そして一度融合を解くとすぐにモカさんを抱き上げ、モカさん以外の2人と融合し直して飛び上がる。
「モカさん! 美味しいところ全部持っていっちゃって!」
攻撃を掻い潜りながらビリディアの元へと飛んでいき、ビリディアの頭上へとモカさんを投げた。
「くんっまぁあああああ!!」
様々な自己強化技を使う火力タイプのレベルカンストペット。そんなモカさんが放てる最高火力がビリディアの頭へと叩き込まれ……ビリディアはその勢いのまま地面へと叩きつけられる。
そして、地面へと叩きつけられたビリディアのHPは計算通り全て削り取られ、その体は光の粒子となって霧散していった。
「レキ……もうすぐだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます