214. 想定されたイレギュラー

「クゥウウウウン!」


 ビリディアのHPが3割削れ、その戦闘が2段階目への移行される事を告げる咆哮を聞きながら、私はこれから始まる事を想定して憂鬱な気分になっていた。


 ――あぁ、遂に来てしまった……。


 バグモンスター云々の問題が無ければ、4体の最強格ボスモンスターの中でも一番戦闘を避けたいのはどれだと聞かれれば、私は迷うことなくビリディアだと答えるだろう。

 その理由は……。


「クルゥ♪」

「クックルゥ♪」

「クリュン♪」


 ビリディアの咆哮が鳴りやむと、ビリディアの周りに1メートル程の大きさの可愛らしい光の精霊が何体も出現しだした。

 これが2段階目に移行された時に発動するギミックで、この光の精霊はプレイヤーに抱き着き、そのプレイヤーのHPを少しずつ吸収する能力を持っている。そして更に、その吸収したHPはビリディアのHPとして吸収されてしまうのだ。

 けれど、私が憂鬱な理由はその能力の所為ではない。


「クリュウウン!」

「クキュン!」


 HPを吸うために私の方へと飛んできた光の精霊を短剣で切り捨てる。この精霊は物理的な攻撃力は持たず防御力も皆無である為、少し小突いてやるだけでも簡単に倒せてしまうのだ。

 ……そして倒される瞬間、その可愛らしい精霊は人の罪悪感を引き出すような鳴き声を上げて消えていく。


「精神力がゴリゴリ削れて行く……。私のHPは削れてないのに、メンタルはもうボロボロだよ……。一匹ぐらいテイム出来ないかな」


 この光の精霊は常時10体になるまで出現し、倒しても新たに出現するので終わりが無い。かといって無視する訳にもいかず、仕方なく倒すと罪悪感を誘う鳴き声を上げて私のメンタルを傷つけていく。

 4体の最強格ボスモンスターの中で唯一精神攻撃を仕掛けてくるモンスター、それがこのビリディアなのだ。


 そんな精神攻撃を始めたビリディアだが、戦闘面に関しては苦戦する事は無かった。

 HPを7割切る事で移行される2段階目で追加されるギミックは『精霊召喚』『使ってくる魔法の種類増加』で、精霊に関してはメンタル面を考慮しなければ脅威ではない。

 追加される魔法は、範囲攻撃と確率で混乱を引き起こす光を放つ魔法なのだけれど、どちらも発動速度はそこまで速くない魔法なので十分にクリティカル攻撃でキャンセルする事が出来る。


 私は四方八方から抱き着かんと襲ってくる精霊を切り捨て、魔法も冷静に見極めて対処していった。……そしてビリディア戦が始まって初のイレギュラーが起きる。


「えぇ……。君たち攻撃魔法なんて持ってなかったはずだよね?」


 本来であれば抱き着いて来るしかしないはずの精霊たちが、突然ビームを撃ってきた。

 事前に精霊たちから違和感を感じていた私は、その攻撃がどういった物かを見極めるとすぐに射線からの回避行動をとる。


「攻撃は曲がらず一直線に伸びて来るビームのみ。精霊は最大でも10体。……他に攻撃手段が増えてないのであれば、クリスタルモールの群れより楽かな」


 以前経験したクリスタルモール戦では、数多のクリスタルモールが魔法で石を飛ばして来たり、動きを阻害する泥を飛ばして来たりと、現状とは比べ物にならない厚さの弾幕だったのだ。

 それに比べてしまえば、このぐらいの攻撃は毘沙門天を使う程の物でもない。


 ただし、だからと言って悠長に構えて新たな変異が起きては堪らない。

 そこで私は、ビリディアの周りを飛び回りながら攻撃を加える戦い方から、ビリディアの背に乗り全員で総攻撃を仕掛ける戦い方にシフトする事にした。

 今まではバグモンスター化したビリディアの様子を窺う為にも、少し安全面に考慮した戦い方をしていた。けれど、ビリディアの変異が対処出来る範囲に収まっている内に、少しでもHPを削っておく方が良いと判断して作戦を変更する事にしたのだ。


「トーンティング! アテンション クライ!『来い!』」


 ビリディアの背に飛び乗って融合を解除した後、周囲のヘイトを稼ぐ盾技能であるトーンティングと叫び技能のアテンション クライの重ね掛けで、私を攻撃対象にするように誘導する。

 その後はビリディアや精霊からの攻撃の対処は私が受け持ち、ペット達にはビリディアへの攻撃に専念してもらった。


「クリティカルブロウ! どっせい!!」

「クギュンッ!?」


 ビリディアの魔法による全体攻撃を察知した私は、瞬時にインベントリを操作して武器を巨大なハンマーに入れ替え、クリティカル攻撃を叩き込んだ。

 周りからの攻撃を捌いてペットを守りながらも、キャンセルさせる必要がある攻撃にもクリティカル攻撃で対処していかなければならない。

 その作業量は多く、少しの失敗も許されない戦いは続いたが、私は集中力を更に高めながらその戦闘を維持し続けた。


 そしてビリディアのHPが5割を切った時、本日2つ目のイレギュラーが発生する。

 本来であればHPが3割を切った際に発動する最終段階の変化が、仕様を無視して発動されたのだ。

 

「クゥウウウウン!」

「やっぱり段階無視のギミック発動が来るよね。……ハイエンスドラゴン戦で予想してたよ」


 周囲が暗くなり空には強く輝く三日月が出現し、そして光によって構成されたビリディアの分身が2体出現した。

 この三日月は時間経過によって満月へと近づき、満月に近いほどビリディアのステータスを強化していく。そして、分身の方は魔法こそ使わないけれど、エリア中を走り回ってはターゲット目指して延々と突進を仕掛けて来る。

 ちなみに、精霊から放たれるビームや分身の突進攻撃はビリディアには当たらず透過されるので、本体へのダメージを気にせず攻撃してくるという鬼畜仕様……。

 精霊や分身など、とにかく数で攻めて来るビリディアは正にパーティー殺しのような仕様のモンスターだった。


 ――ビリディアは4体の最強格の中でも耐久力が一番低くて、しかも回復手段が精霊の抱き着き攻撃のみ。ハイエンスドラゴンのバグモンスターの感じからすると、イレギュラーがあと1つか2つあっても不思議はない……それなら、多少無理をしてでも短期決戦で攻める!


 他の一般プレイヤーから見れば『絶対に無理!』と断言するような動きを『多少の無理』と言い切り、私はニュートラルだったギアをトップギアへと切り替えた。

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