182. 絶対に負けない強さ

 ハイエンスドラゴンとの戦いの際、私達を最も悩ませたのは”タンク職の不在”だった。

 戦いの場ではシュン君とギンジさんがサブタンクの役割を果たし、それをミシャさんがサポートし、ロコさんは火力及び支援回復に努めていたのだ。

 けれどそれも長くは持たず、戦線を維持する為にギンジさんが羅刹天を使って1人でタンクを務め、次はシュン君が火天を使い1人でタンクを務めた。2人共純粋なタンクではない為、戦線を少しでも維持する為には無理をするしかなかったのだ。


 つまり、安定的にハイエンスドラゴンと戦うためには、ハイエンスドラゴンの注意を引き、尚且つその強力な攻撃の数々を受け持てるタンク職が必要だと言う事。

 しかし、私はスキル構成も装備もタンク向きではない。本来であれば、そんな私にハイエンスドラゴンの猛攻を受け持てるタンクなど出来るはずがないのだけれど、この突破口になる要素が2つある。

 

 1つは【技巧師】というパッシブバフだ。これは盾と体術と隠密のスキルを70まで上げて、ある試練をクリアすると手に入るバフで、その効果は『パリィ有効時間をコンマ5秒増加』『キャンセリングタイムの有効化』。

 パリィとは、ベストなタイミングに盾で攻撃を弾く事によってその攻撃を無効化する技術の事で、そのタイミングの有効時間が非常にシビアな為かなり難しい技術なのだ。その有効時間がコンマ5秒伸びるだけでもかなり有用と言える。

 キャンセリングタイムとはこの技巧師の為だけの能力で、相手が技を出す際にベストなタイミングでクリティカルダメージを与えると、その技の発動をキャンセルする事が出来るという物だ。

 『クリティカルダメージでなければならない』『その有効時間はパリィ同様非常に短い』、これらの条件がかなり厳しい為、正直あまり脚光を浴びていない効果になっている。


 けれど、ここで突破口になる2つ目の要素が意味を持つ。

 2つ目の要素とは、私がこの数週間で手に入れた観察眼という技術。相手の動きから次の行動を予測し対応する事によって、パリィやキャンセリングタイムの成功率を引き上げるのだ。

 パリィで対応出来るダメージ量には上限があるとか、キャンセリングタイムの為にはクリティカルを必ず出すための方法が必要だとか色々課題はあるが、観察眼の他にも体を動かす技術も大幅に向上している私であれば、技巧師を十分に活用できる可能性はある。

 

 ちなみに、この技巧師を実際に持っているプレイヤーは殆どいない。

 理由としては、キャンセリングタイムの条件が難しすぎて活用出来ないという事の他に、メインタンクをやっている人にとって体術と隠密は全く必要ないので、総スキル数が高くなるとスキル上げの難易度が上がる仕様上、パリィタイムをコンマ5秒上げるためだけに総スキル数を140も上げようと考える人が居ないのだ。

 体術は各種身体強化系のバフ技能が揃ったスキルで、スキル値が上がる事によって機動力と攻撃力にプラス補正が入る。隠密はヘイト切りや暗視など少し特殊な技能が揃ったスキルで、スキル値が上がる事によって体から出す音を軽減する効果がある。

 どちらもタンク職としてはあまり活用しづらいスキルなので、いったい誰向けのパッシブバフなのだろうという物だったりする。


 ――私にとってはこれ以上無いって程ハマってるけどね!


 翌日、私はギンジさんに自分の考えを話し、意見を聞いてみる事にした。


 ……


 …………


 ………………


「ほぅ、技巧師か……。活用出来てる奴は知らねぇが、確かにお前さんにはうってつけかもしれねぇな」

「本当ですか! ……正直な話しをすると、かなり技術の要る戦い方になるので、不器用な私に出来るかどうか不安な部分もあったんです」

「確かにな。さっきも言った様に、少なくとも俺の周りに技巧師を活用出来てる奴は1人も居ねぇ。だが、お前さんの観察眼には光る物があるし、時々だが超能力じみた勘を働かせる時もある。他の誰にも活用出来ないパッシブバフでも、お前さんになら活用出来る可能性は十分あると思うぞ?」


 接近戦において抜きんでた力を持つギンジさんにそう言ってもらえるのはとても心強い。ギンジさんの言葉を聞いた私は、技巧師に対する期待感が一気に膨れ上がる。

 それは完全なる理想論であり、とても難しい……というよりほぼ無理に等しい物だけれど、私の中に私の望む理想の戦闘スタイルが構築されていった。


 ――すべての攻撃を避け、パリィし、キャンセルする。敵を倒すまで絶対に負けない戦い方が、私の求める最高の戦闘スタイルだ。

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