181. 私の求める力

「う~ん。……何も思いつかない」


 ギンジさんに次の成長の為のヒントを貰った後、私はログアウトして攻略サイトを眺めながらキャラの育成計画を練っていた。


「そもそも育成の幅が広すぎて、考える取っ掛かりが無いと難しいよね」


 方向性を決めるための取っ掛かりを求めて、私の最終目標は何かを考える。そしてすぐにその答えが出た。それは勿論、『レキを含めた皆で楽しく冒険をする』だ。

 その目的を叶えるために必要なのは、バグモンスター化して今もプログレス・オンラインの何処かにいるレキを探し出す事。

 けれど、それだけじゃない。恐らく、あのハイエンスドラゴンのバグモンスターとは何時かまた戦う事になる。なので私の成長目標としてはハイエンスドラゴンを倒せるだけの力を手に入れる事だ。


 あのハイエンスドラゴンは通常種とは異なり、様々な能力を吸収している。

 ・物理、魔法に対する強力な耐性バフ

 ・受けたダメージ量に比例した自己強化と、そのダメージを与えた者に返す『暴虐の怨嗟』というバフ

 ・種族特性として常時リジェネ

 ・全体の動きを一定時間止める咆哮

 ・プレイヤーを1撃で薙ぎ払える強力なブレス

 ・HPが3割以下になると全身を絶対防御の膜で覆い、その間にHPを全快させる。そして恐らく、全快後は全能力値を上昇させて第二ステージへ移行


 ハイエンスドラゴンの能力を洗い出すと、その馬鹿げた能力に嫌気が差した。


 ――……本当によくあそこまで追い詰める事ができたよね。


 あの時は本当にみんな死力を尽くして戦った。お互いがお互いをフォローし合い、ギリギリの所で戦線を維持して戦い続けたのだ。

 その戦いで私にどんな事が出来れば、もっと有利に戦いを進められたのか……。


 そしてハイエンスドラゴンと戦う上で最も考慮しないといけないのは、あの時レキを包み込んでいた黒いオーラについてだ。あれはどう考えてもおかしかった。抵抗することすら許されず砕かれたレキを思い出すと、今でもその理不尽さに心が荒む。

 あんな攻撃をされたのでは、ペット達を戦いの場に連れて行くことなんて出来ない。そう考えて、ファイさんに意見を聞いたのだが、ファイさんの言うには恐らく他のペット達やプレイヤーには害がないはずとのことだった。

 もし、レキ以外にもその攻撃手段が有効なのであれば、あんなに追い詰められる前にみんなを砕いている。なら何故レキだけが砕かれたのかを考えると……。恐らくそれは、レキがバグモンスターだったからだろうというのがファイさんの見解だった。

 

 ハイエンスドラゴンの事を思い出しながら、攻略サイトから情報を貪りつつ考えた結果……何も思いつかなかった。

 無理ゲーじゃないかと思いたくなるほどの能力を前に、思考が止まってしまいそうな自分を自覚し、アプローチ方法を変える必要があるなと再度取っ掛かりを求めて考える。そして頭に浮かんだのはギンジさんに言われた言葉だった。


『お前さんはこの数週間で俺たちの技術を吸収していって、急速に成長した。だからこそ見えて来る"自分の望む形"ってのがあるはずだ』


 ――そうだ。まずは自分がどれだけ成長したのか。この数週間で何を手に入れたのかを再確認から始めよう!


 座って頭を悩ませるだけは性に合わないと区切りをつけた私は、今の自分を再確認する為に戦いの場へと赴いた。


 ……


 …………


 ………………


「ウキャー!!」


 私へと殴り掛かってくる猿の攻撃を、私はさらりと避けてその背にバックスタブを叩き込む。


「グギャッ!?」

「……自分で言うのもなんだけど、本当に私強くなったよね」


 今私が来ているのは、私にとって最も馴染み深い猿洞窟だ。このゲームを始めて間もないころから色んな意味で大変お世話になった猿洞窟だが、久々に来てみると昔と今で自身の強さが全く違うと自覚出来た。

 今の私は以前と違って枷によるデバフを受けていない。けれど、それを加味しても私はとても強くなっていた。それはステータスだけでなく、技術面の向上が著しいと自分でも分かるほどに。


 私は特に苦労することもなくズンズンと先へと進み、ボスの間へと辿り着いた。そして、何の気負いもなくボスの居るエリアへと足を踏み入れる。


「ゴァァアアア!!!」


 懐かしの赤猿が咆哮を上げて私を威嚇する。このボスとは過去に1回しか戦った事がなかったが、初めてのボス戦という事もありその戦闘は強く印象に残っており、攻撃パターンなども完璧に覚えている。


「レッグ アビリティ アップ! レッグ アビリティ アップ セカンド! レッグ アビリティ アップ サード!」


 機動力と回避上昇の自己バフを掛けて、私は冷静に赤猿の攻撃を避けていく。当たらぬ攻撃に激高したのか、赤猿の攻撃は更に激しさを増していった。


「赤猿ってこんなに遅かったんだ……。スピリット シャウト!『喝っ!』 インパクト ストライク!」


 過去の記憶と照らし合わせて、その攻撃の稚拙さに若干驚きながらも私は攻撃へと移る。スピリットシャウトで赤猿の動きを一瞬止め、その間に麻痺効果を持つ強力な蹴りを叩き込む。


「エアウォーク! ……メテオ スタンプ!」


 赤猿が麻痺している間に、エアウォークの5段ジャンプで高く飛び上がり、そこからメテオスタンプによって蹴りの最大火力を叩き込んだ。

 赤猿のHPは一気に削られ、一気に2段階目までの自己強化を行った。以前の私は、ここで毘沙門天を使って倒したが、今の私なら毘沙門天を使う必要すらない。


「ライオンハート!」


 私は全能力上昇の強化魔法を自身に使い、赤猿の攻撃を避け続ける。2段階強化まで終えた赤猿の機動力はかなり高い、けれど私は赤猿の攻撃を予測して冷静に避け続ける事が出来た。


 ――この数週間で培った技術で一番大きいのは、この観察眼かもしれない。


 シュン君からアドバイスを貰い、ミシャさんの演技指導によって身につけていった観察眼。その観察眼は相手の技術を盗むだけでなく、敵の攻撃を見極め予測するのにも大いに役立っていた。

 以前から時々、戦いの中で集中力が高まっていくと色んなものを感じ取れるような不思議な状態になった事があった。その状態になると、見なくても敵の考えている事や、味方の考えている事が不思議と分かるのだ。

 けれど、これはそれとは少し違う。集中力が高まっている時に起きる現象はまさに『感じる』といった物だが、観察眼による予測は、相手の動きや目から相手の心理を読み取るような感じなのだ。


 それから私は赤猿の猛攻を一度も受けずに戦い続け、相手のHPを削り切った。


「……うん、これだ。私に今必要な力は……タンクだ」

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