【こぼれ話 side.ロロア】先輩からの特別授業
「ロロアちゃ~ん♪」
今日出る番組の楽屋で資料を読んでいると、そこに事務所の先輩がノックも無しに乱入してきた。……まぁ、ここまではいつも通りだ。
けれど今日は何かが違う。いつも以上に先輩のテンションが高く、そして悪い事を考えてそうな顔を隠しもしていなかった。
「リアルでその名前を呼ぶのは辞めて下さいって何時も言ってるじゃないですか。……で、何ですか?」
「まぁまぁ、そんなに警戒しないで。今日は活躍目覚ましい我が後輩にプレゼントがあるのだよ♪」
「……私が要りませんって言っても、きっと押し付けてくるんでしょうね。……はぁ。はい、で、プレゼントって何ですか?」
「むぅ、最近私の対応に慣れて来た所為かロロアちゃんが冷たい!」
自業自得だ。
私はそんな先輩の嘆きを無視して、話の続きを促した。
「私からのプレゼント、それは! 芸能界を生き抜く為に必要な技術を養う場さ♪」
「芸能界を生き抜く為に必要な技術を養う場、ですか?」
断言する。絶対碌でも無い事だ。
更に詳しい話を聞くと、何と以前かくし芸大会で会ったナツちゃんが中々にピンチな状態らしい。それで私をスパイとしてハイテイマーズに潜り込ませて、小者の生態や知って得する処世術を教えてくれるとの事だ。
――やっぱり碌な事じゃなかった。……けど、私に拒否権なんて物は持ち合わせてないし。やるしかないよね……はぁ。
私が今、嫉妬と陰謀と悪意渦巻くこの芸能界で生き抜けているのは、8割方先輩のお陰なのだ。時々本気で鬱陶しく感じる時もあるが、私は先輩の事を心から尊敬しているし慕っている。そんな先輩からの頼みを断る事など出来る訳がない。
という事で、私は先輩の指示に従いハイテイマーズへの潜入作戦を決行した。
*
「という事でどうでしょう! ハイテイマーズ VS アンタッチャブルの試合をコロシアムでババーンとやっちゃいませんか? そしてその司会を是非、このプログレス・オンライン公認アイドルことロロアにお任せ下さい♪」
まず私がやらされたのはハイテイマーズへの営業だった。私がスパイとして潜り込む為というのもあるが、試合会場をギルドハウス内から多くの観衆の目があるコロシアムに引っ張りだす事によって、不正をする余地を大幅に削る為らしい。
ちなみに営業トークの内容は勿論、予想される相手からの返答も事前に先輩が用意しており……それが全部当たっていた。
「どこから聞きつけて来たか知らねえが、これはハイテイマーズとエイリアスとの問題だ。見世物にするつもりはねぇ」
「……本当に見世物にしなくていいんですか?」
「……どういう意味だ?」
「ギースさんの本当のターゲットは獣の女王なんでしょ? 内々で処理するより、公衆の面前でアンタッチャブルを潰して、獣の女王から全てを奪い去った方が絶対楽しいですよ。それにこのイベントは絶対に盛り上がる。私はそんな盛り上がる舞台が欲しいんです」
『あのギルマスはとっても臆病で、まごう事無き小者なの。でもね、そんな小者を今プログレス・オンラインに繋ぎ止めているのは小さくて滑稽なプライド……。本当に可愛いね♪ ロロアちゃんはそのプライドを小突き回して、ぴょんぴょん飛び跳ねる小者を特等席で観察しているといいよ♪』
私の先輩は本当に性格が悪い。だけど、事前情報と想定される返答内容によって、プライドを刺激されてフラフラと行く道を制御される様が本当によく見える。
先輩が何時も見ている世界はこんな世界なのかと営業を進めながらも背筋が凍った。
*
「ねぇ、貴方。今度のイベントをもっと盛り上げる素敵な遊びがあるんだけど……興味ない?」
私はこれまで培ってきた演技の技術を総動員し、性格の悪い女を演じてみせた。
今私がやっているのはハイテイマーズの構成員を工作員に仕立て上げる作業だ。普通、自分達のギルド存続が掛かったこの戦いで寝返ろうなんて考える人は居ないと思うのだが、先輩から言わせるとハイテイマーズほどそれが容易なギルドは無いらしい。
『あの子達の多くはね、別に何か手に入れたくて人から非難されるような事をしてる訳じゃないんだよ。面白いから、ゲームの中でリスクが無いから、アウトローな自分に酔って、そんな理由からあそこに集まってる人が多いの。だから、その心理を上手く活用してやれば先導なんて簡単なのさ♪』
そう言う先輩からは、小者の種類とその見分け方をレクチャーされ、これまた用意された勧誘トークと演技によって数人の工作員を作り上げた。
……
…………
………………
「はぁ~、疲れた。もう当分暗躍めいた事はしたくないです」
「あっはっは、よくやってくれたね♪ 流石、私の自慢の後輩。素晴らしい手際だったよ♪」
その後も私は、工作員への指示出しや、情報収集。それと工作員と共にいくつかの不正行為を事前に潰したりなど、これでもかと言う程こき使われた。
ただ、そんな中で先輩が見ている世界や思考に触れて、実際に世界を見る目が少しだけ変わった。これからの芸能界を生き抜く為の技術を学んだという事は間違い無いだろう。
……それと先輩から『私の自慢の後輩』と言ってもらえただけで、ちょっと報われた気がする私はチョロ過ぎだろうか。
「それで、ナツちゃんは勝てそうなんですか? 情報収集やら不正潰しやらはしましたけど、正直それでもこの多勢に無勢を攻略出来るとは思えないんですが……」
「うん、そこは大丈夫さ♪ なんたって、この私が直々に環境を整えてナツちゃんの指導もしてるんだからね♪」
「あぁ~、そうでした、愚問でしたね」
何はともあれ私の仕事は終わったのだ、あとはゆっくり傍観していよう。そう気を抜いていると、またこの先輩はニマっとした悪い笑顔を私に向けた。
「ロロアちゃ~ん♪ お疲れの所悪いんだけど。実は試合に向けて必要なアイテム集めが大変なの。良かったら手伝って欲しいなぁ~♪」
私の仕事はまだまだ終わらないらしい。
余談だが、このイベントから数週間後にとある大物芸能人の大スキャンダルが発覚し、あわや私も巻き込まれ事故に遭いそうになった。……のだが、今回学んだ事を活用して何とか難を逃れた。
私の先輩は本当に未来が見えるのではないかと驚愕したが、まぁ今更かと気にしない事にした。
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