【こぼれ話 side.ギース】凡人の持つちっぽけなプライド

「……来たか」

「なんじゃ、お主。とうとうわっちとサシで話す気になったかと思ったら、また下らぬ企みでもしておるのか?」


 ――相変わらず、上から目線のムカつく狐だぜ。まぁ、これまでの行いからして、急に呼び出されれば警戒もするか。


 俺はロコをハイテイマーズの訓練場へと呼び出していた。……最後の清算をするために。


「いや何、最後にきっちり片を付けとこうと思ってな。まぁ、付き合ってくれや」

「……お主、このゲームを辞めるつもりかえ?」

「大々的に不正アイテムを使ったんでな、事情聴取とログ解析が終わったらアカウント停止処分になる事が決まった。ただ、このままフェードアウトは気持ち悪りぃだろ」


 そう言って俺は3体のペットを呼び出す。


「勝負の形式は選ばせてやる。また俺のペットを全てロストさせてもいいぞ?」


 俺はこれから起きるであろう屈辱を覚悟しながら、内心を隠して必死ににやけ顔を作った。

 

「……HPは1割以下には減少せん設定で、先に全滅させた方が勝ちじゃ」

「了解だ。そう言えば、何だかんだサシでの勝負はこれが初めてだな」

「お主が逃げ回っておったからの。前ハイテイマーズの時から、わっちとの戦いは練習でも避けておったじゃろう」

「へっ、やっぱり気付いてやがったか」


 訓練場の設定を弄り、準備を終えるとロコをまっすぐ見た。俺は昔から本当にこいつの事が嫌いだった。こいつの余裕染みた顔も、人の事を取るに足らない存在のような目で見る態度も、何もかもが俺の神経を逆なでする。

 俺は3体のペットを出しているというのに、ロコの奴は白亜1体しか出していない。それで十分だと言いたいのだろう。

 そっちがその気なら別にいいさ。文字通り俺の全てを掛けて、お前に冷や汗をかかせてやる。


 そして俺とロコのタイマン勝負が始まった。

 これまで俺がハイテイマーズの運営で稼いだ金をつぎ込んで手に入れた装備、魔法、戦闘用消費アイテム。そしてロコとの戦いを想定して鍛え上げたペット。これまでの全部だ。俺の全部を使ってロコのあの余裕ぶった顔を歪ませてやる!


 だが、そんな俺の覚悟など無価値だと言わんばかりに試合は一方的な物になっていった。

 何をやっても読まれ、受け流され、俺がこれまで費やしてきた時間と金は無価値な塵へと還っていく。

 こうなる事は最初から分かっていた。俺とこいつは違う生き物なんだ。俺が何をしようと届く事のない理不尽な存在がこいつだ。

 

 昔、俺がまだハイテイマーズに入る前、俺はテイマーという職業の理不尽さに憤りを感じていた。

 金は掛かる。レベル上げに掛かる時間は膨大。死んだらロストするという馬鹿みたいに高ぇリスク。何となく手を出したテイマーという職業だったが、そんなマゾ過ぎる仕様に嫌気が差しつつも、ここで別の職業に転向するのは逃げるみたいで俺のプライドが許さなかった。

 そんな時だ、ペット育成に壁を感じている奴らを集めて協力しあうという名目のギルド【ハイテイマーズ】を知ったのは。


 悩むことなくハイテイマーズへと入った俺は、同じギルドの奴らと協力し、俺だけじゃ絶対にいけない様なダンジョンでレベル上げが出来るようになった。

 そのお陰もあって、それまでの停滞が嘘のようにスルスルとレベルが上がっていった。……だが俺は満たされなかった。

 ハイテイマーズのギルドマスター、ロコ。このギルドの中においてロコだけが異質だった。ロコに助けなど要らず、ギルドメンバーが増えて必然的にギルドランキングが高くなっても、ロコはそれに全く価値を見出さない。

 ロコを見ていると、1人では何も出来ずに数の力に頼った俺がちっぽけな存在のように感じられた。

 

 だから俺は、ギルド対抗戦に出ようとロコに持ち掛けたんだ。

 俺のペットは格段に強くなったし、装備も以前とは比べ物にならないほど充実した。それを使えば対抗戦で活躍出来、俺の価値が証明される。……そう思って対抗戦を始めたが、結果的に証明されたのは俺とロコの格の違いだけだった。

 それから俺はおかしくなっていった。自分の価値を手に入れるために派閥を作り、ギルドの実権を握るために動き、全てはロコに俺の価値を認めさせるための行動だった。

 そうして辿り着いたのが貢献派閥とロコとの勝負、そして完膚なきまでの敗北。


 あの餓鬼が言ったとおりだ。俺はロコが怖い。ロコの存在は俺の価値を消し去る。俺には何の価値もないんだと突き付ける。


 ――だけどな、逃げられないんだよ。俺のちっぽけなプライドが『逃げるな!』と追い立ててくるんだ。


 1体目のペットがHPを1割ラインまで削り取られ場外へと転移する。その後すぐに2体目も。3体目のアダマンプリズムは今俺と融合して、常時リジェネ効果を発揮している。だが、こうなったらもう俺に出来る事はない。


「本当にムカつく奴だよ、お前ら持ってる奴らは!」

「持ってるとは何の事じゃ? それにお前『ら』とは?」

「才能だよ! お前も、あのアンタッチャブルも、天才様は大したことない事みたいな面して全部を持って行きやがる!」

「……お主がわっちを嫌い、執拗に悪意を向けて来る理由はそれかえ? わっちもナツもお主から何かを奪ったつもりは無いし、それではただの被害妄想の逆恨みではないか」


 ロコは虫でも見るような目を俺に向ける。……あぁ、これも俺の被害妄想だ。ロコの言う通りこれはただの逆恨みだ。……だけどな。


「あぁ、逆恨みだ。逆恨みだよ。だけどな! お前、ハイテイマーズに何の価値も見出してなかっただろ? 俺たちがどんな成果を出そうと、ハイテイマーズがどんだけランキングを上げようと、1人で何でも出来るお前は俺たちに何の価値も見出して無かっただろ!!」


 ――俺が俺に誇れる価値を見出せないのは、お前が俺の価値を認めないからだ。これは被害妄想じゃない。俺の価値を奪ったのはお前だ!

 

「……わっちの態度がお主をそこまで傷つけておったのか。……すまんかった。わっちにとって価値あるものはリンスであって、ハイテイマーズではなかった」

「……それなら最初からハイテイマーズを作んじゃねぇよ」


 それから俺はロコにさっさと止めを刺せと促し、俺とロコとの最初で最後のタイマン勝負が終わった。

 真正面からぶつかって負ければ、清々しく幕を下ろせるかと思ったがそんな事もなく、やっぱりイラつくもんはイラつくし、惨めなもんは惨めだった。

 だが俺のゲームはここで終わる。アカウント停止処分によって俺がこの世界に戻って来る事はない。そう思うと、もうロコという天才を意識して生きる必要は無いんだと少し気が楽になる。


 ――アカウント停止処分でこの世界から去るが。……まぁ、最後まで逃げなかったって思い出分は自分の価値を認められる気がするな。

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