【こぼれ話 side.ギンジ】とあるオッサンの若気の至り

「はぁ~」


 憂鬱だ。ナツに偉そうに説教垂れてからどうにも昔の事ばかり思い出していけねぇ。


「銀司先生、どうしたんですか? そんな溜め息なんか吐いて」

「おう、お前か。走り込みはもう終わったのか?」

「はい、終わりました。今は組手の相手待ちです」

「休む時間が長引くようなら、体力切れ状態での訓練にならねぇな。お前だけ周回数上乗せしとくか」


 話しかけて来た青年は「勘弁して下さい」と嫌がってみせているが、その様子をみるに上乗せすれば言う通りに従うだろう。


 ――こいつはやっぱり超えられる奴だな。


 俺は今、警察学校に柔道を教えに来ていた。正直こういう面倒臭せぇのは断りたかったが、今の校長が昔何かと世話になった兄弟子という事もあり、直接頼まれたら断るにも断れず、仕方がねぇなと教えに来てからもう数年が経ってしまっている。

 だが、やはり警察学校だからという事もあってか根性のある奴は多く、俺の本気の指導に付いてこられる奴がちらほら居るので、まぁまぁ楽しんで指導している。


「それで、何の溜め息だったんですか?」

「ん? あぁ、まぁ、何と言うか。つい先日な、餓鬼に説教垂れたんだよ。……で、後々になって、昔の俺も何も考えてねぇクソガキだったなって思い出しちまってな」

「あぁ、所謂黒歴史ってやつですね! 銀司先生にも黒歴史があったんですね。ちょっと意外です」

「黒歴史の1つや2つあるに決まってんだろうが」


 そういや以前ナツにも「ギンジさんって倒せるんですか!?」とか驚かれてたな。……こいつらの中で俺はどういうイメージになってんだ。


「俺が今居る道場なんだがな、俺は元々あそこの門下生で、先代師範が隠居した時に俺が受け継いだんだ。……でな、俺は一度その道場を門下生0にして潰しかけた事があるんだよ」

「そうだったんですか! あ、でも、ん~、銀司先生の事だから……しごきが厳しすぎたとかですか?」

「……なんで分かんだよ」


 あの頃の俺は馬鹿だった。いや、今でも馬鹿な事には変わりねぇから、昔の俺は今以上に馬鹿だったか。

 餓鬼の頃から格闘技が好きで、自分を鍛えることも強くなる事も好きだった俺は、色んな道場に入門してはがむしゃらに鍛えて、そこで一番強くなったら別の道場に入門する、そんな生活を送っていた。

 自分でも強くなっていっている実感が持てるあの頃は、本当に充実した毎日だったが、そんな生活の中でも唯一の不満があった。どこの門下生も真剣じゃなかった事だ。

 どいつもこいつもダラダラと惰性で練習し、歳も経験も下の俺に負けてもヘラヘラ笑っているような奴らばかりで、見ていて本当に気分が悪かった。……その頃の俺には理解出来なかったんだ。目標の無い訓練も、負けてもいいと思える精神も。


 それから俺は、当時世話になってた道場の師範からの勧めで、ネットにも情報の乗っていない道場へと入門する事になった。そして俺は、それまでの人生で一番の衝撃を受けた。

 そこは小さな空手道場だったが、何故か道場には薙刀やら竹刀やらヌンチャクやらがあり、そこの師範は言えばどんな形式の勝負も受けてくれるという変わった道場だった。

 俺自身も格闘技に関しては相当な雑食性だったこともあってその形式が琴線に触れ、俺は様々な形式で勝負を申し込み……そして、全てにおいて為す術なく負けた。それはもう魔法に掛けられたような負けっぷりで、俺はここに来るために生まれて来たんだと本気で思えたほどだ。


 その師範との出会いから俺は更に武道にのめり込み、徹底的にフィジカルを鍛え、格闘技だけでなく解剖学や心理学、果ては栄養学にまで手を出したりと、俺の雑食性は更に増していった。

 それから4年の歳月が経った頃……師範は病気で倒れた。そして結局1度も勝てないまま師範は亡くなり、師範の頼みもあって道場は俺が受け継ぐ事になった。

 それからだ。俺は自分の力をぶつける先を失い、力を持て余し、中途半端な奴らが前以上に気になるようになったのは。


 後は分かりやすい流れだ。俺の門下生に対するしごきが強くなり過ぎ、あっという間にそれまで居た門下生が全員辞め、あわや道場存続の危機に陥った。

 師範から受け継いだ大切な道場を潰す訳にもいかず、以前から世話になっていた剣道道場の兄弟子に色々とアドバイスやら生徒集めに協力してもらって、なんとか道場を潰さずにすんだ。ちなみにこの時に世話になった兄弟子が、今の警察学校の校長だ。


「とまぁ、そんな感じで昔の俺は人に対しての理解が薄くてな。後先考えず、自分勝手に行動して道場を潰しかけたんだ」

「そうだったんですね。……でも、今でも俺を含めて一部の人には相当厳しいですよね? 俺、何度か相談された事ありますよ」

「そりゃあお前、強くなれる人間だと判断したからだ。無理だと判断した奴には相応のレベルの事しか課してねぇよ」

「うわぁ……喜んでいいんだか悪いんだか分かりませんね、それ」

「はっはっは。組手の相手が現れるまでまだ時間が掛かりそうだし、それまで俺が相手になってやろう」


 俺の訓練に慣れて来た所為か、すこし生意気になってきたこいつを少し鍛えてやる事にした。まぁ、こいつなら嫌々言いながらも普通に食らい付いて来るだろう。

 

 そういや、世界には色んなタイプの人間がいて、強くなれる奴はほんの一握りなんだと気付かされたのはプログレス・オンラインを始めてからだったな。

 当時持て余してた力をぶつける場所を求めて、どこまでもリアルな体験を追求した革命的なフルダイブゲームだと話題になっていたそれに、俺は興味本位に手を出した。

 結果は……最高だった。どんなに力をつけても現実ではやはり遠慮が出るし、本当に殺す気で戦う事なんて出来るはずもない。だが、ゲームの中では自身を抑える事なく戦えるという最高の環境だった。

 そしてそんなゲームの中で色んなプレイヤーと出会い、ステータスシステムによって現実よりも楽に強くなれるってのに、努力が出来ない連中が多く居ることを知った。そして、俺自身が異端であり、タガが外れるんだという事も知った。

 それを知って一時期孤独を感じることもあったが、ロコやシュンといった俺と同じくタガが外れた奴らと出会えた事で、俺は強くなることに真剣になれない奴らを受け入れられるようになっていったんだ。


 ――ナツの奴は気付いてないんだろうな。自身の特異性を。


 そんな事を考えながら、一見普通の子供に見えるあの少女がどこまで強くなれるのかと胸を躍らせた。

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